2018年4月 3日 (火)

認知症、ライフプランニング、そしてデジタル化——私のこの一年

新年度が始まりました〜!

この1年の間、ブログにまったく手がつけられませんでしたが、実は、昨年度は公私ともに、変化の年でした。

小学生のころに読んだ『赤毛のアン』の主人公アンが、人生の中での変革期を「道の曲がり角」という比喩であらわしていたことが思い出されます。

今の私はまさに「道の曲がり角」を歩いている最中といった感じです。

私的な話をすると、最初の道の曲がり角は、義理の親が認知症の疑いで運転免許の取得が危うくなったことだったと思います。

結果的に無事取得できたのですが、その時、「認知症」なるものを真剣に調べ、認識したのでした。

その後、奇妙な一致で、ほぼ同時期に、私の実の親が認知症と診断されて入院。10kmもの距離を夕暮れ時にばんばか歩いて行って、転んで擦り傷を作って帰ってきたり、車やカギのありかを忘れたり、水を3日間も出しっぱなしにしたりして、ついには、長らく住んだ家に住み続けることが不可能な状態になってしまいました。

今の日本を揺るがしている中心的問題である認知症を、身をもって体験したわけですが、 とにかく人間が老いて、独力で生活していくことが不可能な状態になっていくのを目の当たりにし、自分(ないしは自分の老後)をかえりみて、これまで気づかなかったこと、これまで避けてきたことを、いろいろと考えさせられた日々でした。

たとえば、老後を見据えて、どんな家に住むようにするのがよいかとか、老後にどれくらいのお金をどういう状況に備えて用意しなくてはならないとか、心身共に健康寿命を保ち、老いにまつわる病気を少しでも長く遠ざけておくために、今から何を鍛えておくべきかといったような、誰もが一度は考える事柄です。

それから、思い返してみると、これもまた興味深い一致だったと感じるのですが、ちょうど親の認知症事件がおこったのとほとんど同じ時期に、将来の公務員の退職金引き下げや年金の引き下げに備えて、大学が開講した教職員向けのライフプランニングのセミナーを受講しました。これも、将来に備えて、ずいぶんと勉強になったことの1つです。

しかし何よりも私の心を強くゆさぶったのは、元気だった人物が老いて、ある日突然、愛着を持っているもの、強く執着しているものから引き離されてしまう様子をつぶさに見たことです。ありふれた言葉ですが、生老病死、諸行無常、愛別離苦(あいべつりく)といった仏教のテーマの普遍性を痛感した次第です。

一方、ここ数年、大学における公的業務として、デジタルアーカイブの構築にたずさわってきました。

現代は、老いも若きも、赤ちゃんも、デジタル化に対応せざるを得ない状況にあります。

苦手とか、できないといって逃げていられない!

ということで、デジタルなんてホント言うと苦手な私ですが、コテコテの文系でもわかるデジタルアーカイブの授業を考案しました。

ご興味のある方はこちらからシラバスをご覧ください。

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さらに付け加えると、どうも今年度はデジタルアーカイブ関連の節目の年になりそうな気配(?)。

道を曲がっている中で見えてきた、さまざまな風景について、またここで書きたいと思います。

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