へるめす通信7
さて、いよいよアポロンとヘルメスの対峙する時が来た。
怒り狂ったアポロンが洞窟に入ってきたのを見るや、ヘルメスは赤ん坊のふりをする。
誰もが彼を赤ん坊と言うだろうし、外見は確かに赤ん坊なのだが、とにかく彼は、自分を赤ん坊とは決して思っていないから、しつこく赤ん坊の「ふり」をする。
子供らしさを装って、産着をまとって丸くなり、今にも眠りにつこうとする態勢をとる。けれども、脇の下にはしっかりと、お手製の竪琴を抱えていた。
このあたり、1979年制作の映画『ブリキの太鼓』の主人公オスカルを彷彿とさせる。3歳の時、オスカルは、大人の醜悪さに愛想が尽き、自分の意志で大人になるのを止めた。
以来、ブリキの太鼓を叩き続け、自分の特異な外見を見せ物にしながら生きていく。
奇声を「きゅーっ」とあげるとガラスが割れる。そんな特殊能力も身につけた。女性と性的関係も結んだ。
けれども、彼の外見は、彼が再び成長しようと決心するまで、子供のままであったのだ。
幼児の外見に大人の智恵がつまった異形のヒーロー。
日本では、古くは神話の中のスクナヒコナ、現代ではアニメ『名探偵コナン』の江戸川コナンというところであろうか。
面白いことに、その逆の神もいる。大人の外見に子供の精神が宿るのは、日本神話最大のトリックスターと言われるスサノヲである。
けれども、ヘルメスがどんなに取り繕おうと、アポロンにはお見通しである。アポロンは館を探索した後で、いよいよヘルメスを尋問する。
「牛について白状しろ。さもないと冥界タルタロスに、おまえを投げ込むぞ。そうなったら、誰もおまえを助けることはできない。」
もちろん、正直に答えるヘルメスではない。彼は、まず、しらばっくれるという作戦に出た。
「ひどい、ひどすぎます。僕はあなたの牛なんて、見たことも触ったこともない。昨日生まれたばかりの僕が、そんなことできるわけがない。今の僕に必要なのは、眠りやお母さまのおっぱい、産着やお風呂であって、牛追いなんかじゃありません。僕は悪いことなんか、していません。お望みなら、お父さまのゼウス神の頭にかけて、誓いをたてます。」