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2005年12月の10件の記事

2005/12/31

へるめす通信25

 —(村人A) 余計なお世話です!! それともなんですか、あーたも、そろそろあっしの過去が気になりだしましたか。
 でもね、気をつけてください。あっしは、自分でも言うのもなんですが、こう見えても危険な男なんですよ。

 —(ジョルジュの孫)ぶぁかもん!! どこが危険なのじゃ!!

 —(村人A)「いい男は女の過去を問わない、いい女は男の未来を問わない」、ってね。

 —(ジョルジュの孫)ウルトラ馬鹿! その論理からすれば、いい女ってのは男の過去を問うてもいいってことになるじゃない。

 —(村人A)あ、しまった……。

 —(ジョルジュの孫)じゃ、あなたの過去を問うてる私は、いい女ってこと? わはは。そうだったのかぁ、それならそうと、早く言えばいいじゃない、村人Aよ。照れちゃって!

 —(村人A)いや、要するにね、あっしは、カインの気持ちが、よくわかるってことですよ。あっしも、羊の肉は苦手です。匂いがちょっと臭いんで……。

 —(ジョルジュの孫)それ! それよ。そのあなたの反応も面白いのね。
 つまり、昔に嫌な経験をした人は、場合によっては、自分で「羊の肉の匂いが臭いから、羊が嫌いなんだ」って、勝手に理屈付けをして合理化を図っているってこと。
 だけど、本当は、匂いが臭いからじゃなくて、なにがしかの嫌な記憶を思い出したくないから、嫌いになったんだってことを理解しなくちゃいけないのよ。
 だから、もしかすると、あなたが臭いから羊の肉が嫌いだっていうのも、あなたの合理化の結果なんであって、ホントは別の苦い経験があるのかもよん?

 —(村人A)うへー!! じゃ、食べ物の好き嫌いって、単なる嗜好の問題じゃない可能性があるってことですか!?

 —(ジョルジュの孫)その可能性が高いと思う。
 つまり、食べる、食べないというような、日常生活の何気ない行為においてさえ、人はかつての自分の体験に左右されてしまうことがあるのね。そして、そういう行為を生み出すものがコンプレックスなのよ。
 ちなみに、コンプレックスは邦訳すれば「複合体」って意味だから、劣等感だけがコンプレックスじゃないのね。コンプレックスは、心のさまざまな要素が寄り集まってできたものであるわけ。

 —(村人A)うーん。そうすると、ある種のコンプレックスを持っている人、この場合で言えばカインに対して、「神様に認められなくたって、他の人に認められりゃあ、いいじゃないか」とか、「世の中にはもっと悲惨な目に遭っている人がいる。だから、そんなに深刻にならないで、もっと軽く考えようや。」なんて慰めたって、当人にとっては全く意味をなさないってことになりますか?

 —(ジョルジュの孫)そうなのよね。そこが問題よ。

 —(村人A)じゃ、カインは、羊コンプレックスを解消したら、いいじゃないですか!!

—(ジョルジュの孫)いやいや、そう短絡的にはいかないのよ。今、私は羊の肉を例にとったけど、どういうものが刺激になるかは、人それぞれなの。
 だから、カインは、もしかしたら、羊じゃなくて、自分が供えた方の畑の作物が嫌いになったかもしれない。あるいはアベルが着ていた衣かもしれない。もっと別のものかもしれない。それはカインの心の奥底を探ってみて、初めてわかることなの。

 —(村人A)うーん、難しい。つまり、コンプレックスとその反応を万人向けに定式化しようとしても、ダメってことですね。

 —(ジョルジュの孫)そういうこと。こういうようなものだとしか、言えないのね。

2005/12/30

へるめす通信24

 —(ジョルジュの孫)具体的に言いましょ。例えばね、聖書には書かれていない私が考えた仮定の話なんだけど、カインは、アベルの殺害後、エデンの東のノドの地に追放された時、そこで、まるまると太った羊を見ることがあったかもしれないじゃない?

 —(村人A)まあ、あったでしょうね。なんか強引だけど、あったということにしておきましょう。あっしは、心が広いんですよ。へへっ。

 —(ジョルジュの孫)あなたの心が広いんじゃなくて、そうしないと話が進まんのよ。ま、いいや。とにかく、エデンの東にいる羊って、普通の人、例えばカインの奥さんにとっては、別段、変なところもない単なる太った羊よね?

 —(村人A)まあ、そうでしょうね。で、その羊が何か?

 —(ジョルジュの孫)つまりね、その普通の羊は、カインの奥さんにとっては、単なる食料かもしれないけれど、カインにとっては、とっても重要な意味を持つものになるわけよ。なんたって、太った羊はかつて弟のアベルが神様に供えたもので、ここから一連の事件が始まっているでしょ。
 要するに、カインは羊を見たくないかもしれないってこと。羊を見ることによって、心の奥底にしまったアベル殺害の記憶、神様に認めてもらえなかった辛い記憶が呼び起こされてしまうかもしれないじゃない?

 —(村人A)なるほど。まあ、ありえますね。

 —(ジョルジュの孫)でしょ。そうすると、どうなるかというと、カインは羊に対して、普通の人とは違う、過剰とも言うべき反応をするかもしれないわけ。例えば、羊が目の前を通りすぎてるのに全く気づかないとか、羊の肉が食べられなくなるとかね。

 —(村人A)えー。そうなんですか! 羊の肉が嫌いになるってのは、わからないわけでもないけど、羊が見えてないってことも、あるんですかね?

 —(ジョルジュの孫)よくあるのよ。だけど、ホントにその人に羊が見えてないかどうか、周りの人はそもそも調べようとも思わないから、わからないだけでね。

 —(村人A)そんなもんなんですか? へぇ。

 —(ジョルジュの孫)つまりはこういうこと。嫌な記憶、忘れたい記憶を思い出したくないばかりに、人は、あるものが見えなくなったり、食べられなくなったりするの。あるいは、自分で、見ない・食べないというふうに、決心したりするの。自分でもそれと気づかないうちにね。
 人間には、対象こそ違えど、多かれ少なかれ、この傾向があるの。
 まあ、もう少し言えば、見ていないというよりも、見た対象を意識から外してしまうってことだと思うけど。

 —(村人A)じゃ、日光の東照宮にある「見ざる、言わざる、聞かざる(見猿、言わ猿、聞か猿)」って、過去の経験に苦しみ抜いた猿の姿ってこと?!
 あぁ、なんてかわいそうなお猿さん!!

 —(ジョルジュの孫)そりゃ、考えすぎ……。あなた、猿より自分のこと、省みたらどう? とっても変な人だから、きっと何かあったわよ、過去に。

2005/12/29

へるめす通信23

 —(ジョルジュの孫)さて、と。
 こんなふうにコンプレックスってのはいろいろあるんだけど、まず理解しておく必要があるのは、コンプレックスが何で問題になるのかっていうことね。
 えーっと、誰しもがそうなんだけど、昔、とくに子供の頃に、自分にとって何か強烈な経験をすることがあるでしょ?
 例えば、エレクトラだったら、母親が自分の父親を殺したことを知ったとか、カインだったら、神様が弟だけを認めて、自分を認めてくれなかったとか。
 
 —(村人A)たしかにありますね。エレクトラの場合はかなり極端だけど、カインの場合だったら、よくわかりますよ。
 もちろん、あっしの場合、カインと違って、認めてくれない相手は神様みたいな偉い人(?)じゃありませんよ。だけど、カインと似たような経験を持ってますよ。

 —(ジョルジュの孫)そうだよね。私もそうだし、他の人も多かれ少なかれ、そういう経験を持っていると思う。
 そうするとね、そういうショックに出会った時には、人はそれに対して、忘れたい、忘れよう、忘れなくっちゃ、って思うわけ。 で、ついには、普段は思い出すこともなくなるの。

 —(村人A)ふうん。まあ、それくらい辛い出来事だったってことですね。でも、忘れちゃうんだから、いいじゃないですか。

 —(ジョルジュの孫)ところがどっこい、そんなにうまくはいかないのよー。だって実際には、完全に忘れることができないからなのね。その記憶って、忘れよう、忘れようと思えば思うほど、心の奥底にしまわれてしまうの。そして、普段は思い出すこともなくなって、表面上は何事もなかったような状態に戻るわけ。

 —(村人A)じゃ、よかったじゃないですか。

 —(ジョルジュの孫)ところが、よくないの。ある時、日常生活のささいな場面で、その隠された記憶に触れるような刺激に出会うことがあるんだから。

 —(村人A)え? どんな? よくわからん。

2005/12/15

『「世界の神々」がよくわかる本』の訂正一覧

◆初版での主要な訂正は以下の通りです。

28頁1行目「緑の衣をまとい、真珠の王冠をかぶった」
→「紺黒の髪を持ち、髯をはやした」

37頁2行目「クピド」
→「エロス」

38頁2段落2行目「ゼウスに牛の臓物を食させることで、神々の不死性を奪おうと試みる。」
→「ゼウスに牛の臓物選びをさせることで、ゼウスの智慧を試そうとする。」

54頁第2段落4行目「その牛の腸」
→「亀の甲羅」

66頁後ろから2行目「ヴゥルグリンド」
→「ヴァルグリンド」

70頁1-2行目「ミミール」
→「ミーミル」

91頁4行目-5行目 「ブルトガング」
→「ホーフンド(頭)」

119頁1行目「ひとつめの」
→削除

122頁5行目「(女)」
→削除

126頁リード 「神でありながら魔槍で敵を討つ」
→「投石器と槍で敵を討つ」

126頁第2段落1行目 「ダーナ神族の宝のひとつ『魔の槍』」
→「投石器や槍」

130頁リード「実兄に翻弄された悲しき女神」
→「実弟に翻弄された悲しき女神」

223頁後ろから3行目と4行目「ズー」
→「アンズー」

230頁5行目 「上エジプトのヘリオポリス、下エジプトのメンフィス」
→「下エジプトのヘリオポリス、メンフィス」

243頁2行目「ビブロス」
→「ビュブロス」

256頁最終行 「天空学」
→「天文学」

263頁後ろから3行目 「林檎」
→「木の実」

267頁第2段落1行目 「上エジプト」
→「下エジプト」

316頁上段7行目「山本拓夢」
→「山口拓夢」

316頁下段3行目『妖精辞典』
→『妖精事典』

2005/12/14

へるめす通信22

 —(村人A)ふーん、そんなもんですかね。
 しかし、アベルって土の中から叫ぶなんて、ゾンビみたいなやつですね。

 —(ジョルジュの孫)ゾンビって、あなたね、アベルは『新約聖書』では「義人」だっつーこと、お忘れなく。
 それでまあ、結局、カインはアベル殺害の罪により、この土地を追放されちゃって、エデンの東にあるノドの地に行かざるを得なくなってしまうの。しかも、お前の耕す土地は実は結ばないとまで、神様から言われて。

 —(村人A)ふうん、なんだか、少しだけカインがかわいそうな気がします。

 —(ジョルジュの孫)そう、そのカインの「かわいそう」なところ。そこに着目して、作られたのが、『エデンの東』という作品なの。 
 映画では、カインと神様との関係を中心に描いていると言っていいと思う。つまり、ジェームス・ディーンが演じた主人公キャルは、聖書でいうところのカインにあたっていて、聖書の中の神様にあたるのが、キャルの父親であるアダムなの。
 キャル(つまり聖書のカイン)が、いかに父親のアダム(聖書の神)の愛を欲していたか。これが映画『エデンの東』のテーマの一つよ。
 ちなみに、スタインベックが書いた原作の方では、この父親のアダムの子供時代からの出来事が描かれていて、映画よりもかなり壮大な話になっているのね。

 —(村人A)あっしも、『エデンの東』、見てみますよ。

 —(ジョルジュの孫)ジェームス・ディーンは、あなたと違って、相当かっこいいから落ち込まないように。

 —(村人A)なんですか! ほんとに、いっちいち、しつこいなあ。なんで、あっしがジェームスを見て、落ち込むんですか?

 —(ジョルジュの孫)あら、ジェームスなんて呼んじゃって。あなたのお友達でしたか? そりゃ、全く知りませんでした。

 —(村人A)くっそー!

 —(ジョルジュの孫)ま、いいわ。これくらいにしといてあげる。
 とにかく、兄弟のいる人なら分かると思うけど、こんなふうに、兄弟の間で競争することがあるじゃない。それで、相手に、敵意とか嫉妬とかを感じるでしょう。
 兄弟に感じる敵意や嫉妬って、他人に感じる敵意よりも、ある意味、もっと強烈で、しかも相手がいつも近くにいるから、休むひまなく、年がら年中、燃えさかっているものじゃない?
 それを、カイン・コンプレックス、別名を兄弟コンプレックスというわけ。

 —(村人A)そうすると、若貴兄弟も、カイン・コンプレックスを持ってるってことかな。若貴騒動って、意外に根の深い文化的な問題なんですね。
 
 —(ジョルジュの孫)若貴の問題も、父親ないしは母親との関係で探ると面白いかもしれないね。

 —(村人A)なるほどなあ。しかし、コンプレックスって、そんなにたくさんあるんだ。

 —(ジョルジュの孫)そうなのよ。

2005/12/10

へるめす通信21

 —(ジョルジュの孫)神様からそんな仕打ちを受けたもんで、カインはすごく怒って、顔を伏せちゃったの。なんたって、兄さんの面目丸つぶれだもんね。
 そしたら神様は、「なぜあなたは憤り、顔を伏せるのか。」って言うわけ。「正しいことをしたんだったら、顔を上げなさい。もし正しいことをしていないのなら、罪があなたを待ち受けている」ってね。

 —(村人A)……うーん。まあ、そりゃ、そうかもしれませんよ。
 だけど、あんまり厳しすぎやしませんか? 神様。もうちょっと、カインにやさしい言葉をかけてやってもいいでしょ?

 —(ジョルジュの孫)どうだろうねえ。あなたのその意見については、「神を裁くなかれ」の一言で終わっちゃうと思うけど。
 その問題はさておき、カインとアベルは、その後どうなったかというと、2人の間でケンカが起きちゃって、悲惨な結末を迎えるのね。
 何が起きたかというと、ある時、カインはアベルを野原に連れて行って、アベルを殺しちゃったの。

 —(村人A)うわー。アベル、気の毒。兄さんに殺されたのかぁ。

 —(ジョルジュの孫)そしたらね、神様がカインに「弟のアベルはどこにいるのか」って聞くわけ。もちろんカインは「いいえ、知りません」なんて、しらばっくれる。それだけじゃなくて、「私は弟の見張り番なんですか?」なんて付け加えちゃったの。

 —(村人A)ここにも、ヘルメスがいた! ヘルメスそっくりの「しらばっくれ」の術!!

 —(ジョルジュの孫)確かにね。そして、その後の展開も似てるかも。
 その後、神様は「お前は何をしたんだ! 弟の血の声が、土の中から私に叫んでいるぞ!」ってカインを問いつめるわけ。
 なんたって、神様は『トリック』の山田奈緒子みたいに、「全部まるっとお見通し」なもんで。

 —(村人A)あっしは仲間由紀恵さんの大ファンなんですよー。あーたと違って、かわいいもん…

 —(ジョルジュの孫)む!

(村人A、ジョルジュの孫の鋭い眼光を前に震え上がり、話題を変える。)

 —(村人A)えーっと、神様ったら、カインをひっかけたわけですね。おちゃめ!

 —(ジョルジュの孫)まあ、カインの誠実さを試したのかもしれないし、そうでないのかもしれない。聖書の神は人智を超えた存在なんだから。人間に神の意図がわかるわけないのよ。

2005/12/09

へるめす通信20

 —(村人A)エレクトラ・コンプレックス? 
 何ですか、それ。

 —(ジョルジュの孫)エレクトラっていうのは、古代ギリシアのミュケーナイの王アガメムノンと、その妃クリュタイムネストラの間にできた娘の名前よ。
 王の妃クリュタイムネストラが情夫とともに、夫であるアガメムノンを殺しちゃったのね。そこで、エレクトラは怒って、弟のオレステスと力を合わせて、愛する父親の仇をとるという話なのよ。
 つまり、エレクトラ・コンプレックスっていうのは、母親に敵意を持ち、父親に愛情を感じる女の子の無意識的な欲望のことをいうわけ。

 —(村人A)なるほど。

 —(ジョルジュの孫)それから、カイン・コンプレックスってのも、あるの。

 —(村人A)えっ、まだ? まだ、あるんですか!

 —(ジョルジュの孫)そうよ。
 カインてのはね、『旧約聖書』の「創世記」に登場するアダムとエバの長男の名前ね。弟はアベルっていうの。
 アダムとエバがエデンの園を追放されちゃって、カインとアベルっていう2人の子供をつくったの。カインは農夫になり、アベルは羊飼いになるわけ。
 それで、2人はそれぞれ自分のところで採れたものを、神様にお供えするのね。
 そしたら、神はアベルとアベルのお供え物だけを気に入り、カインのには目もくれなかったわけ。 
 
 —(村人A)うわっ。そりゃ、ケンカの元ですよ。神様、ひでえな。

 —(ジョルジュの孫) 「創世記」には、アベルはよく肥えた羊を供えたということが書いてあるのね。だけど、なんで神様がカインのものを顧みなかったのか、その理由は書いていないわけ。
 だから、あなたみたいな感想が出てきても、おかしくないかもしれない。確かに、これだけだと、神様ってすごーく意地悪のように思えるしね。

 —(村人A)でしょう?

 —(ジョルジュの孫)だけど、こう考えることもできるの。つまり、神がアベルの方を気に入ったのは、アベルのお供えものの方が、神様への敬意をよく表していたからじゃないか、って。
 例えば、ちょっと時代は下るけど、『新約聖書』の「マタイによる福音書」には、「義人アベル(righteous Abel)」って書いてあるの。つまり、アベルは「高潔の人、義の人」って解釈されてるわけ。
 それから、同じ『新約聖書』の「ヘブル人への手紙」には、もっとはっきり書かれているのね。
 「信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。」

 —(村人A)うーん。……つまり、なにがしかの理由があって、神はカインよりもアベルを評価したってわけですね。
 で?

2005/12/06

へるめす通信19

 —(ジョルジュの孫)ところが、中には、この去勢コンプレックスが、何らかの症状として表に出てくる人もいるのね。
 例えば、ある人は同性愛(ホモ・セクシュアル)として、またある人は女性の脚フェチとして、という具合に。
 なんで、去勢コンプレックスが症状として出てくる人と出てこない人がいるのかは、わからないみたい。たぶん、子供の頃からの環境や資質その他の要因もからんでくるんだと思う。

 —(村人A)ちょ、ちょっと待って下さいよ。なんで、去勢コンプレックスが同性愛になったり、女性の脚フェチになったりするんですか? 意味がわからん。

 —(ジョルジュの孫)ふむふむ。そうすると、あなたがここで理解しなくちゃいけないのは、3つあると思う。
 1つめは、コンプレックスとは何か。
 2つめは、去勢コンプレックスが女性の脚フェチを引き起こす理由。
 3つめは、去勢コンプレックスが同性愛を引き起こす理由。

 —(村人A)じゃ、最初からいきましょうや。コンプレックスって、「あの人はできすぎるから、近くにいると、あっしはコンプレックスを感じる」てな使い方をするやつのことでしょう?

 —(ジョルジュの孫)あなたの言っているのは、コンプレックスの一種である「劣等感」、正確には「劣等コンプレックス」のことなの。
 だけど、コンプレックスには、他にいろんなものがあるのよ。

 —(村人A)例えば、どんな?

 —(ジョルジュの孫)例えば、かの有名なエディプス・コンプレックス。
 ソポクレスの書いた悲劇『オイディプス王』の主人公オイディプスが、その典型だとされているのね。それは、自分の父親を殺し、母親と交わりたいという、男の子の無意識的な欲望から生じてくるものなの。
 ちなみに、オイディプスの話は、当時いたるところで伝えられていて、その各地にあった伝説をソポクレスが戯曲化したわけ。だから、エディプス・コンプレックスは、ソポクレスの創作に基づいているから意味がない、とは言えないのね。

 —(村人A)ふーん。そうすると、コンプレックスって、エディプス・コンプレックスと劣等コンプレックスの二種類だけ? あ、そうか、去勢コンプレックスもあるか……。
 
 —(ジョルジュの孫)いやいや。フロイトは、エディプス・コンプレックスを一番重要なものだと考えてたみたいだけど、細かく見ていくと、まだあるの。
 例えば、エディプス・コンプレックスの女性版みたいなのがあって、それをエレクトラ・コンプレックスっていうのね。

2005/12/05

へるめす通信18

 —(ジョルジュの孫)ちょっと待って。男と女の違いは当然だっていうけどね、もしかすると、その逆かもよ。

 —(村人A)へ? どういうことですか。

 —(ジョルジュの孫)つまりね、男の子は、出っ張りのない女子の陰部を見て、最初びっくりするわけ。
 それは、母親だったり、お姉さんだったり妹だったり、おばあちゃんだったりするかもしれないけど、とにかく、「なんで女の人には『ち○ちん』がないの? ボクにはついてるのに」、って思うのね。
 
 —(村人A)まあ、そうですよね。そこまではわかります。

 —(ジョルジュの孫)そうしたら、どうなるかっていうと、2つの方向があるんじゃないかと思う。
 一つは、誰かにその場で、その理由を質問できた場合。
 例えば、「なんでママには『ち○ちん』がないの?」って母親に聞いたら、母親はなんて答えると思う? そうしたら、母親は、こう答えるんじゃないかな。
 つまり、人間には男と女の2種類がいて、男には「ち○ちん」がついてるけど、女の人にはついていないのよ、って。
 その時初めて、男の子は男と女って違うんだって理解するわけよ。つまり、「ち○ちん」のない人もいるんだ、それが女なんだ、ってね。
 要するに、男女の違いというものは、最初から子供に刷り込まれているんじゃなくて、経験の中から知っていくことだと言えるわけ。

 —(村人A)なるほどね。
 
 —(ジョルジュの孫)だけど、時には、その場で誰にも理由を聞けずにいることもあるかもしれないでしょ。
 あなたなんか、そのパターンかもね。その場で疑問を解決しないで、悶々と悩むわけよ。挙げ句の果てには、「もしかして、誰かにちょん切られたのかな」、なーんて考えがちらっと頭をかすめちゃったりして、そうすると、「もしかすると、ママの『ち○ちん』はパパに切られたのかも?」なんて悪い想像をめぐらしたりして。
 一度そんなふうに思ったら、恐ろしくて、ママにもパパにも聞けないかもしれないじゃない。

 —(村人A)確かにね。

 —(ジョルジュの孫)そうすると、その子は、 自分の「ち○ちん」が女のように平らになったら嫌だなー、ボクのあれ、ちょん切られたら嫌だなーって思っちゃうらしいのね。 これが、いわゆる「去勢コンプレックス」ってやつよ。
 
 —(村人A)「去勢コンプレックス」?

 —(ジョルジュの孫)そう、去勢コンプレックス。
 つまり、「ち○ちん」のついていない女性器を見ると、男の子は自分の「だ○こん」がちょん切られる、いいかえれば去勢される恐怖を感じるってこと。
 フロイトによれば、去勢コンプレックスってのは、男性はみんな持ってるらしいのね。だから、あなたも持ってるのよ。
 でも、たいがいの人は、そのコンプレックスをいつの間にか克服しちゃうみたい。

 —(村人A)へえ。

2005/12/04

へるめす通信17

 —(ジョルジュの孫)フロイトは、呪物、つまりフェチの対象になるものは、ずばり男根の代理なんだって言うのよね。

 —(村人A)……。つくづく思うんですが、あーたって、下品な人ですよ。前には「お○ら」とか言ってたし、今回は「だ○こん」だし。よくもまぁ。
 あまりに過激なんで、伏せ字にしておきました。

 —(ジョルジュの孫)その2つの○のところには、どんな文字が入るのかなぁ?
 もしかして、最初は「く」で、後のは「い」? 

 野菜かしら?

 —(村人A)今更カマトトぶったって、もう遅いですよ。あっしも、さすがについていけません。あーたの親は泣いてますよ。こんな娘に育てた覚えはないってね。

 —(ジョルジュの孫)あのねぇ、そんなもの気にしてちゃ、神話学者なんか務まらんのよ。あなた、神話の原典、読んだことある? すごいんだから。「お○ら」や「だ○こん」なんてもんじゃないのよ、他にも「う○こ」とか「はりが○」とかね。

 —(村人A)あー! なんてこと!!

 —(ジョルジュの孫) もちろん、原典には古代語で載ってて、現代の言葉そのままじゃないから、ショックは少ないけどね。
 そんなんで、びびってないで、話を元に戻すわよ!
 繰り返すけど、フロイトによれば、女性の脚とかハイヒール、ストッキングというような、いわゆる呪物は、男…、ショックが大きいみたいだから伏せ字にしといてあげるけど、「だ○こん」の代わりなんだって。
 どういうことかっていうと、男の子が一番最初に女性の陰部を見ると、ショックを受けることがあるわけ。自分についてる「ち○ちん」が、女の人にはついてないの?!ってね。

 —(村人A)……んー。そう言えば、そうかもなぁ…。あっしが子供の頃、母親と一緒にフロに入って、びっくりしたってことがあった気がする。

 —(ジョルジュの孫)ね。それでね、フェチってのは、女性に全く「ち○ちん」がないことを、自分はこの目ではっきりと目撃してしまった。けれども、どうしてもそれを認めたくないんだと思うところから出ていると、フロイトは言うわけ。

 —(村人A)だけど、なんで認めたくないんですか?
 考えてみたら、当然のことでしょう? そもそもが、男と女なんだから。男と女が違うのは当たり前でしょう。

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