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2006/08/30

無法松の一生(1943・1958)

今さら感動映画のリストに挙げるまでもないけれど、やはり挙げずにいられない。それが、これ。『無法松の一生』です。

原作は、岩下俊作の小説『富島松五郎伝』。映画のタイトルである「無法松」とは、人力車の車夫である富島松五郎のことです。

映画『無法松の一生』は何作か作られていますが、一番最初の作品は、戦争さなかの1943年に作られた阪東妻三郎(略して「バンツマ」)主演、伊丹万作脚本、稲垣浩監督のもの。何よりもこれが見事です。

たぶん、高倉健さんの映画を見た後、映画館から出てきた人たちがみな、健さんそっくりの表情になってしまうのと同じで、当時、みんなバンツマ演じる松五郎の影響を強く受けたに違いない。

なぜなら、松五郎という車夫は、酒とケンカと祭りが大好き。一本気だけど、人情派。そして、子供が大好き。まわりの迷惑を考えるとホントの気持ちが言えず、分(ぶん)をわきまえ、黙って自分の運命を受け入れる。

こういう人は、私の子供の頃まで、一人や二人はいたものです。

なぜかお祭りの時になると、ねじりハチマキでいつまでも太鼓を叩いていたテキヤ風の人。その人に頭をなでられ、おっかなびっくりになったこともありました。

それから、ウチの伯父もその一人でした。今、思い浮かべると、どこかバンツマ演じる松五郎に似ているのです。あれは、きっとマネですよ。もう亡くなったので、確認できませんけれども。

さらには、「無法松の一生」という歌を歌った村田英雄も、話し方から立ち居振る舞いに至るまで、バンツマにそっくり。これが映画を見た時の発見でした。

つまり、自分を犠牲にしてまで義理を立てるという、男気にあふれる一昔前の日本の男の典型が、高倉健氏の任侠モノと、バンツマの松五郎だったと思うのです。寡黙で律儀なら高倉健。陽気で磊落(らいらく)ならバンツマ。そんなことを再認識させてくれる作品です。

ところで、バンツマは、時代劇の大スターでした。
私は、習志野の調査を行ったときに、当時バンツマの撮影所でエキストラだった方の話を聞いたことがあります。その頃の撮影所はたいへんな活況を呈していたとのこと。(ちなみに、撮影所はその後、谷津遊園となり現在では谷津バラ園のみがその面影をとどめています。)

私はエキストラの方に、「ナマのバンツマをご覧になりましたか?」と、いささか興奮気味に質問してみました。が、返ってきた答えはNO。バンツマの出演シーンは、集中して撮影されたようで、エキストラでさえ、大スターの姿を直接拝む機会に恵まれなかったくらい、忙しかったようです。

そんな大スターが、一転して車夫を演じるということで、不安に思う人たちもいたらしい。ところが、バンツマは周囲の心配を吹き飛ばす名演を見せました。 そのあたりを、山根貞男氏はこう述べています。

阪東妻三郎は撮影に入る前、ホンモノの老車夫の家へ通って、あらゆることを学んだ。日頃、酒を飲むときには、あぐらをかいてコップ酒をあおるようにもした。(「山根貞男のお楽しみゼミナール」(ビデオに付されていた山根氏の解説)より)

この努力の甲斐あって、確かに、映画の中のバンツマは、紛れもなく車夫そのもの、松五郎そのものでした。

私の記憶に残っているシーンでは、「ケンカだー!」という声が聞こえると、バンツマ演じる松五郎は、「おっ、 ケンカか」と言いながら、一目散に馳せ参じる。その何とも嬉しそうな表情といったら! お世辞にも上品とは言えないけれども、愛嬌がある。そんな人物像をくっきりと浮かびあがらせています。

ちなみに、刑事・古畑任三郎でおなじみの田村正和氏、 俳優の田村高廣(故人)、田村亮氏は、バンツマのお子さんたち。脚本の伊丹万作の息子は、映画監督の伊丹十三(故人)。こんな視点で、『無法松の一生』を見ても面白いかもしれません。

ところで、1943年制作なのに全く戦争の色合いを感じさせない、この芸術的作品に一言文句を言いたいのです。

「誰だー! これをこんなに、ズタズタにしたヤツは! 」

そう、検閲のため、終わりに近くなるほど、重要なシーンがカットされてしまって、映画それ自体では何を物語っているのか意味が通じなくなってしまっているんです。

このため、1958年に稲垣浩監督は再映画化しています。主演は、あの「世界のミフネ」こと三船敏郎と名女優・高峰秀子氏。たぶん、稲垣監督は、このままにしておきたくなかったのでしょう。

1958年の作品も、なかなかの出来。ヴェネチア国際映画祭のサン・マルコ金獅子賞を獲得しているほどなのです。

そして、1943年の映画でカットされたストーリーの全貌がやっと明らかになります。こちらも、興味のある方はご覧ください。

もしご覧になるなら、最初に1958年の三船主演作の方を見てから、バンツマ主演作を見るという順番がいいかもしれません。

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