« 無法松の一生(1943・1958) | トップページ | 女ヘラクレス(?)のシロクマ退治 »

2006/09/03

ツクツクボウシの民俗学

9月に入りました。
まわりでは「ツクツクボウシ」が鳴いています。

私の実家のあたりでは、
「ツクツクボウシ」を、「オーシンツクツク」と呼んでいるので、
どうも「ツクツクボウシ」という呼び名には違和感があります。

「ツクツクボウシ」の「ボウシ」を先に持ってくると「ボウシツクツク」。
それが「オーシンツクツク」になったという俗説も……。

ちなみに、『蜻蛉日記』をみると、旧暦の八月、つまり現在の九月頃に鳴く蝉の声が「クツクツボウシ」であったことがわかります。(『かげろふ日記 日本古典文学体系』、岩波書店)

「ツクツク」が「クツクツ」になっていて、おもしろいですね。

どの呼び方がしっくりくるか、こちらから飛んで、実物を聴いて確かめてみてはいかがでしょう。

ところで、「ツクツクボウシ」と鳴く蝉は、
春に芽を出す土筆(ツクシ)と関係が深い。

このちょっと意外なつながりを指摘しているのは、民俗学者の柳田國男です。(以下、「野草雜記」『定本 柳田國男集22巻』所収を参照。)

「ツクシ」は「ツクシンボ」、京都では「ツクツクシ」や「ツクツク」と呼ばれ、どうも「澪標(みおつくし)」と関係するようです。

「澪標(みおつくし)」とは、海の上を航行する船に、海の深さや通り道などを知らせるために、浅瀬に立てられた標識の棒。つまり、「ツクシ」とは、突っ立った柱を意味するというのです。

一方、「ツクシ」を「ホウシ」と呼ぶ地域もあったようで、この「ホウシ」は法師(ほうし)を意味すると、柳田は指摘しています。

面白いのは、この法師、普通なら僧侶を意味するだろうと思ってしまうのですが、「小さい者」の意味もあったとのこと。かつて、カナホウシや吉法師、三法師などの幼児名が見受けられたということです。

ようするに、「ツクシ」は、土手に突っ立った柱や小さ子を連想させるもので、春の彼岸の頃に現れます。

一方、夏の終わりから秋のお彼岸の頃、樹にとまって鳴く蝉の名は「ツクツクボウシ」。

つまり、お彼岸という季節の変わり目に、この世の無常を知らせてくれるもの。これが「土筆(ツクシ)」と「寒蝉(ツクツクボウシ)」なのかもしれません。

「ツクツクボウシ」にまつわる風景が、近世の俳人、横井也有(よこい やゆう)が著した『鶉衣(うずらごろも)』に描かれています。紹介しておきましょう。

つくつくぼうしといふせみは、つくし戀(こい)しともいふ也。筑紫の人の旅に死して此物(このもの)になりたりと、世の諺にいへりけり。(『近世俳句俳文集 日本古典文学体系』、岩波書店)

横井也有の時代、筑紫の人が旅に出て死に、「ツクツクボウシ」というセミになったという伝説が流布していたことがうかがえます。

「ツクツクボウシ」は故郷を思慕する旅人の泣き声でもあった。

長い年月を過ごした地中からやっと出た刹那、命を限りに彼岸を告げ生涯を閉じる。そんな小さなセミの儚(はかな)さが、このような死にまつわる伝説を生んだのかもしれません。

« 無法松の一生(1943・1958) | トップページ | 女ヘラクレス(?)のシロクマ退治 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Amazon

無料ブログはココログ