(1)「キャロル・ローズ」の巻—ヨーロッパ・キマイラ—
とにかく、監修をしていて、これは困ったと思った本が、何冊かあったことは確かなのですが、まず述べてみようと考えたのが、キャロル・ローズ(Carol Rose)の『世界の怪物・神獣事典』です。
この本は、神獣やモンスターを調べる際に、誰だって一度は参照する事典だと思います。
大学に行けば、りっぱに図書館の参考室に並べられて、「禁帯出」のシールが貼られています。
ところが! この事典にはいくつか問題があることに気付きました。
確かに、この事典の監修者である松村一男氏も、ローズの本にいくつか間違いがあったことを記しています。
が、キャロル・ローズのこの本、実は参考文献の項目にも間違いがあるようなのです。
例えば、ローズの本には、必ず、特定の項目の最後に、その情報のもとになった参考文献が記されています。
ですから、彼女の本を手に取る人は、参考文献がこれだけ充実しているのだから、この本は信頼できる、と思いこんでしまうわけです。
ところが、彼女の文献情報が、私の調べた項目に関する限り不正確だったのです。
これからそれについて述べていきたいと思います。
キャロル・ローズの本、とりわけ『世界の怪物・神獣事典』を信じられなくなった決定的な理由は、実は、彼女の本拠地ともいえるヨーロッパのキマイラ(Chimaira)またはキマエラ(Chimaera) ないしはキメラ (Chimera)に関することでした。
キマイラ(キメラ)といえば、RPG史上の大ヒット作『ドラゴン・クエスト』シリーズの「キメラの翼」でおなじみです。
(私もむかーし、むかしのことですが、ドラクエをやったときに「キメラの翼」のお世話になりました。)
ですが、ギリシア神話に登場するキマイラは、翼は持っておらず、ライオンの頭と、蛇もしくはドラゴンの尾、それに山羊の胴体を持つ怪獣なのです。
ところで、キャロル・ローズのキマイラ、およびキマエラ(Chimaera)に関する項目を見た私は、しばし考えた末に、
「(?_?)エ?」
となりました。
なぜって、キマエラの参考文献に挙がっていたのが、
“Studies in Cheremis : The Supernatural”
という本だったからです。
で、みなさんは「この本のどこが悪いの?」と思われるかもしれません。
それは、ズバリ、タイトルの「Cheremis」という言葉なのです。
私も一瞬、見間違えましたが、よーく見て下さい。
この「Cheremis」は
キマエラ(Chimaera)でもキマイラ(Chimaira)でもなく、
「チェレミス」。
ですから、このタイトルは『チェレミスに関する研究:超自然的存在』とでも訳しておけばよいでしょうか。
ようするに、彼女がキマエラの参考文献として挙げている本は、ロシアでマリとも呼ばれている「チェレミス族」に関する研究の本だったのです。
なんで、ギリシア神話の「キマエラ」がロシアに?
そんな疑問も浮かびましたが、今度も、これまた国内では稀少本である
“Studies in Cheremis : The Supernatural”を、取り寄せてみたのです。
ところが、ところが、あまりにも当然といえば当然のことではありますが、この本には、「キマイラ」に関することは載っていないのです。
なんたって、索引を見るかぎり、動物(Animal)とかクマ(Bear)、吸血鬼(Vampireヴァンパイア)なんていう項目まであるのに、「キマイラ」だけは載っていなかったんですから。目次を見ても、どうも載っている様子はありませんでした。
このあたりの経緯を絵文字で表すと、私の表情はこんな感じになります。
(・o・) → (・O・; → (-_-#)
ということで、私はキャロル・ローズの本の参考文献は信憑性がないと判断せざるを得ませんでした。(この他にも、例えば確認可能な一次資料に当たっていないとか、いろいろあるのですが、これ以上書いてもあまり面白くないので、このへんで。興味のある方はご自分で調べてみてください。)
ところで、キャロル・ローズの本を信用してしまう理由ですが、そのひとつにはおそらく、彼女がキマイラならキマイラという項目の末尾に必ず出典の番号を挙げ、本の最後に文献の詳細な一覧を載せているからだと思われます。
つまり、彼女は、学術的な形式という点に関しては、完璧な体裁を整えているのです。
だから、でしょうか。
欧米のアマゾン・コムを見る限り、キャロル・ローズのこの本に対する批判は、きちんとした形ではなされていません。
また、専門家も誤りを指摘していないのではないかと思えます。
というのも、私が入手した彼女の英語の本は、初版でないにもかかわらず、上記の間違いが訂正されていないからです。(ただし、本を編集する際に、参考文献の順番を間違ったという可能性もあります。 )けれども、少なくとも、ローズの本の項目と参考文献が不一致であり、訂正されていないという点は、間違いないようです。
【註:参考文献の順番が間違っているのではないか、という指摘は、toroiaというハンドルネームの方からいただいたものです。その後、調査したところ、キャロル・ローズの参考文献がずれていたことが判明しました。「THE ILLUSTRATED WHO'S WHO IN MYTHOLOGY 」という本には、確かに「CHIMAERA」が載っていましたので、お知らせいたします。早期の訂正を願っています。】
ところで、今回私が監修した『世界の「神獣・モンスター」がよくわかる本』。
手前味噌を並べるようではありますが、項目の数はローズの本よりも劣るとはいうものの、内容に関してはかなり良いものになっているはずです。
なぜなら、掲載されている全ての神獣・モンスターについて、可能な限りチェックを行ったからです。
紙幅の都合で本には全ての参考文献を載せられませんでしたが、私が全て入手・コピーした参考文献の一覧をPDFファイルでアップしておきます。
興味のある方はご覧ください。
ちなみに、ここに載せた文献については、全ての関連項目に目を通しました。
なぜこんなに数が多いかというと、一冊の本で調べたのがほんの少しの事柄だけというケースがたくさんあったからです。
例えば、北米のスー族の伝承に登場する「イクトミ」は、スー族の言葉で「蜘蛛」を意味することが、『神獣・モンスター』のp112に書かれています。
これを確認するために、私はラコタ語の辞書(“Lakota dictionary”)を探しあて、その辞書を所蔵している大学に出向き、当該箇所を見つけ、コピーするという手順を踏みました。ちなみに、スー族の別名はラコタ族です。
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