へるめす通信38
—(ジョルジュの孫)
で、コンシャンス(conscience)なんだけど。
普通、良心(コンシャンス)といったら、
あなた、一番最初にどんな言葉を想像する?
—(村人A)そうっすね。やっぱ、
「良心の呵責(かしゃく)」ってやつですかね。
つまり、悪いことをしたり、考えたりすると、
あっしの善良な心が、
「そんなんじゃ、ダメ、ダメ、ダメだよ〜」って、
すぐに突っ込みを入れてくるんですよ。
「良心」っていったら、そういうのを想像しますね。
—(ジョルジュの孫)うん、普通はそうだよね。
ところが、すごく面白いことに、
良心(コンシャンス)の意味はもともと
「共に知っているもの」なのね。
—(村人A)へ?
「良い心」って意味じゃないんですか。
—(ジョルジュの孫)うん。
コンシャンス(conscience)という言葉の頭に
くっついているコン(con-)という接頭語は、
「共に」って意味なの。
ラテン語では、コンスキエンティアconscientia。
ラテン語の接頭語con-も「共に」って意味なのよ。
—(村人A)へーほー!
—(ジョルジュの孫)それだけじゃなくって、
その後ろのscireは「知る」って意味なの。
—(村人A)ふーん。
じゃ、ほんとに、コンシャンスは、
「共に知る」って意味なんだ。
—(ジョルジュの孫)ちなみに言うと、
古代ギリシア語では、シュネイデーシスsyneidēsisって
言うんだけど、これもやっぱり
「知を共にする」というような意味なのよ。
とすると、良心(コンシャンス)ってのは、
もともと、知識を共にするような存在とか、
誰かと共有する感覚とかが前提になっていると
思われるわけ。
—(村人A)あ、なんとなく、わかってきましたァ!



















