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2007/06/15

へるめす通信38

—(ジョルジュの孫)
 で、コンシャンス(conscience)なんだけど。
 普通、良心(コンシャンス)といったら、
 あなた、一番最初にどんな言葉を想像する?

—(村人A)そうっすね。やっぱ、
 「良心の呵責(かしゃく)」ってやつですかね。

 つまり、悪いことをしたり、考えたりすると、
 あっしの善良な心が、
 「そんなんじゃ、ダメ、ダメ、ダメだよ〜」って、
 すぐに突っ込みを入れてくるんですよ。

 「良心」っていったら、そういうのを想像しますね。

—(ジョルジュの孫)うん、普通はそうだよね。

 ところが、すごく面白いことに、
 良心(コンシャンス)の意味はもともと
 「共に知っているもの」なのね。

—(村人A)へ? 
 「良い心」って意味じゃないんですか。

—(ジョルジュの孫)うん。
 コンシャンス(conscience)という言葉の頭に
 くっついているコン(con-)という接頭語は、
 「共に」って意味なの。

 ラテン語では、コンスキエンティアconscientia。

 ラテン語の接頭語con-も「共に」って意味なのよ。

—(村人A)へーほー!

—(ジョルジュの孫)それだけじゃなくって、
 その後ろのscireは「知る」って意味なの。

—(村人A)ふーん。
 じゃ、ほんとに、コンシャンスは、
 「共に知る」って意味なんだ。

—(ジョルジュの孫)ちなみに言うと、
 古代ギリシア語では、シュネイデーシスsyneidēsisって
 言うんだけど、これもやっぱり
 「知を共にする」というような意味なのよ。

 とすると、良心(コンシャンス)ってのは、
 もともと、知識を共にするような存在とか、
 誰かと共有する感覚とかが前提になっていると
 思われるわけ。

—(村人A)あ、なんとなく、わかってきましたァ!

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