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2007/06/11

(4)ボルヘスとフーコーの巻

前回、中国古代の動物分類について触れたので、
今回はそれに関連したことを述べてみます。

さて、神獣やモンスターに関して調べようとすると、
一度はたどりつくのが、
ホルヘ・ルイス・ボルへスの『幻獣辞典』

ご存じの方も多いと思いますが、ボルヘスというのは、
アルゼンチンの詩人・作家・学者です。

1899年生まれ。博覧強記で有名で、
1955年56歳の時に、国立国会図書館長に任命され、
1986年87歳で亡くなっています。

実は、私が一番最初にボルヘスに出会ったのは、
ボルヘスの作品そのものではなくて、
思想家ミシェル・フーコーの著作の中でした。

フーコーは、『言葉と物』という著作の冒頭で、
ボルヘス著の『続・審理』
(原題は“Otras inquisiciones, 1937-1952”)
の一部を引用しながら、
歴史的研究における「エピステーメー」の
観点の必要性を説いてます。

これを読むと、フーコーはすごいと
感心してしまうのですが、まずは、
フーコーの思索の出発点となっている、
このボルヘスの著作を含む部分を引用してみましょう。

この書物[=フーコー『言葉と物』]の出生地はボルヘスのあるテクストのなかにある。[中略]そのテクストは、「シナのある百科事典」を引用しており、そこにはこう書かれている。

「動物は次のごとく分けられる。

(a)皇帝に属するもの
(b)香の匂いを放つもの
(c)飼いならされたもの
(d)乳呑み豚
(e)人魚
(f)お話に出てくるもの
(g)放し飼いの犬
(h)この分類自体に含まれているもの
(i)気違いのように騒ぐもの
(j)算えきれぬもの
(k)駱駝(らくだ)の毛のごく細の毛筆で描かれたもの
(l)その他
(m)いましがた壺をこわしたもの
(n)とおくから蝿のように見えるもの。」

(ミシェル・フーコー『言葉と物』渡辺一民・佐々木明訳、新潮社、1974年、p13。ただし、[]内筆者挿入。適宜改行を施した。)

さて、ボルヘスが書いている
「シナの百科事典」の中の動物分類の何が問題かというと、
現代の私たちなら絶対にしないような、
思わず首をかしげてしまうような分類をしている
ということなのです。

フーコーの見解を、私流にまとめると、
次のように言えると思います。

例えば、私たちが誰かに
「動物を分類してください」と言われたら、
上記のような分類はしないでしょう。

具体的に言えば、
私たちは、豚・犬といった分類をするかもしません。

けれども、
「(d)乳呑み豚」や「(g)放し飼いの犬」というふうに、
豚や犬の上にこんな限定をつけて、分類はしないはずです。

そういう意味で、この「シナの百科事典」は、
現在の私たちの常識とは違う動物分類をしているわけです。

こういう疑問は他にもあって、
「(m)いましがた壺をこわしたもの」や
「(n)とおくから蝿のように見えるもの」が
なぜ動物の分類の中に入っているのか。

さらには、
「(h)この分類自体に含まれているもの」とは何なのか。

こういう疑問が噴出してきて、そのわからなさの前に、
ニヤリとするしかないということなのです。

ところで、フーコーがすごいのは、
この分類を一笑に付さなかったことでしょう。

つまり、フーコーは、このわけのわからない動物分類から、
人が事象を認識したり、行為したりする時に前提となる、
特定の時代に独特の、ある種の枠のようなものがあると
考えたのです。

そしてそれを、エピステーメーと呼びました。

一応、フーコーのエピステーメーの説明を
引用しておきましょう。

<エピステメー>なる用語によってわれわれの解するのは、或る与えられた時代において、諸々の認識論的形象、科学、そしてときには形式化されたシステムを生み出すさまざまな言説=実践を統一する諸連関の総体である。
(M.フーコー『知の考古学』中村雄二郎訳、河出書房新社、1981年、p290)

要するに、ボルヘスが記した
「シナの百科事典」の動物分類は、
その百科事典が書かれた時代の「シナ」に特有の
言説=実践の諸連関の総体から生み出されたものなのです。

それは、現代の私たちが事や物をとらえる時に
前提とするものとは違う枠のように思われるので、
私たちはそれを見ると、
理解困難に陥り、とまどうということになります。

で、話をボルヘスに戻します。

こんなふうに、ボルヘスの著作は、
フーコーの思想の鍵のひとつである
エピステーメーという発想を開く、
重要なものだということなのです。

実は、私は、上記の箇所を
かつて論文で引用したことがあります。
そして、その際に、先ほども述べたように、
ボルヘスと出会ったということになります。

ですから、あのフーコーにインスピレーションを与えた
ボルヘスが書いたものだということで、
『幻獣辞典』に対しても、私はかなり信頼を置いていました。

ところが、監修をやっていて大きな問題にきづいてしまいました。

以来、この辞典は楽しみでながめることにしています。

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