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2008年1月の2件の記事

2008/01/03

アニメ『地獄少女』と仏教

正月早々、「地獄少女」とは、「めでたくもあり、めでたくもなし」の観がなきにしもあらずですが、それでも良いものは良い!

ということで、2008年最初の話題は、アニメの『地獄少女』です。このような形式で仏教の中心問題を展開することが出来るのかと、ただただ感心するばかり。是非とも取り上げたいと思いました。現在、アニメの「地獄少女」はパート1とパート2(二籠)がDVDで出ています。

このアニメは、基本的に、毎回、誰かに恨みを持つ、異なった人物が主人公となります。けれども、その主人公には、どうしても自分では直接的に恨みを晴らすことができないといった制約があります。

例えば、いじめ。いじめられている人物は、いじめている人物にどうしてもいじめをやめさせることができない。もちろん、そういうふうに直接「やめろ!」と言えない人物がいじめられるのかもしれませんが、とにかく自力ではなんともならない。そして先生や友人や親兄弟にも相談できませんし、相談できても解決にならない。

それから、介護。介護というものは、介護される側もつらいでしょうが、する側もたいへんな忍耐と労力を必要とします。介護される側に介護する側の不満を訴えても、どうにもならないわけです。しかも、介護される側が自分のわがままを介護する側にぶつけてくることもあります。

こんなふうにして、主人公は自力では解決不能な難問に悶々と悩み、誰かが自分をこの困難な状況から救ってくれないかとか、恨んでいる相手がいなくなればいいのに、と思うようになるわけです。

そんな時、主人公たちはふと「地獄通信」の噂を耳にします。地獄通信というのは、夜中の12時にだけインターネット上にあらわれるサイトのこと。そのサイトにアクセスし、恨みを持つ人物の名前を書き込むと、地獄少女と呼ばれる少女がどこからともなくやってきて、主人公に赤い糸が結んである藁人形を渡すのです。

なぜ藁人形を渡すのかというと、そこには主人公の意志を再確認する意味あいが込められています。サイトに恨む相手の名前を書き込んだ段階では、実は恨みは晴らされません。藁人形に縛りつけてある赤い糸を自分で解いて初めて、恨んでいる人物が地獄に流されるという約束があるからです。

ただし、恨んでいる相手も地獄行きなら、恨んだ自分も死後に地獄に行かなければならないという条件がついているのです。つまり「人を呪わば穴二つ」。これは地獄少女の決めゼリフのひとつなのですが、この言葉の意味は「あなたも地獄に行くという条件があっても、それでもなお、あなたは恨みを晴らしますか?」という問いかけです。このあたりの仕掛けがよく出来ていると感心しました。

さて、このような条件を突きつけられた主人公たちですが、彼らはやはり自分までもが地獄には行きたくないということで、最初は躊躇します。ですが、恨んだ相手が自分を挑発するような態度をとると、怒りが勝って死後の自分のことなどどうでもよくなってしまい、最後には赤い糸を解いてしまう。すると、地獄少女が恨みの相手を地獄に流してくれるのです。

面白いのは、地獄少女こと「閻魔(えんま)あい」なる人物、400年の間、時代が変わり人が変わっても、一向に減らない人々の恨み晴らしの地獄流しを、ずーっとずーっと続けているということなのです。どうして彼女は地獄流しを続けているのか。何故止められないのか。この謎の解明が作品の見所となっています。

ところで、この作品がなぜ優れているか。その理由の一つは、私が思うに、現代人が人を恨むとすれば、どういう場合なのかという、いわゆる現代のさまざまな恨みの事情を描写していることがあると思います。

しかしそれ以上に、このアニメの傑作たるゆえんは、単なる恨み晴らしの物語になっていない点です。

あまり書いてしまうと、これからご覧になる方がつまらないので、詳しく書きませんが、このアニメのテーマは、実は「恨み晴らし」ではないのです。もちろん単なるオカルト趣味を満足させるだけのものでもありません。私が見るところ、主題は恨み晴らしとは正反対の、「許し」 と「慈悲心」 なのです。

特に、圧巻なのはパート1でしょう。注目すべきは、さまざまな人々の恨みを地獄に流し続けている地獄少女自身が持つ根深い恨みが、どのように解消されていくのか、その過程を描いた箇所だと思います。実は、そこには仏教、あるいはキリスト教にも見られる「許し」の問題が描かれています。

パート2では、物語のクライマックスでの地獄少女の態度に、不満を感じる人もいるかもしれません。スカッとしない結末のように映るかもしれません。ですが、そこには仏教の最大テーマのひとつである慈悲心の問題が描写されています。この慈悲心こそ六道輪廻(ろくどうりんね)を断ちきるための必要条件なのです。

私は今、非常勤先の都留文科大学で、カリフォルニア大学からの留学生に対して、日本で書かれた「仏典童話」、例えば芥川龍之介の『蜘蛛の糸』や新美南吉の『ごんぎつね』などを読みながら日本文化、特に仏教の考え方を探るという講義を行っているのですが、『地獄少女』はそれらの作品に負けておらず、ある意味で現代の仏典童話の傑作と言えるでしょう。

この作品をこういう形で作り上げた方々に拍手です! 

この傑作中の傑作アニメ「地獄少女」。
機会があれば、是非一度ご覧になってみてください。

2008/01/01

明けまして、おめでとうございます

みなさま、明けまして、おめでとうございます。<m(__)m>
2008年がいよいよ始まりました。

私はといえば、昨年後半から、かなり忙しくなってしまい、ブログの執筆もままなりませんが、今年はなんとか定期的に更新したいと思っております。

では、本年がみなさまにとって良い年でありますよう、心からお祈り申し上げます。

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