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2008年8月の4件の記事

2008/08/29

パクリか? あるいはコラージュか?

昨日は、雨の中、寺山修司の『邪宗門』を見に、阿佐ヶ谷にある小劇場「ザムザ阿佐ヶ谷」に行ってきました。

ちなみに、最近よく「ザムザ阿佐ヶ谷」というか、「ザムザ阿佐ヶ谷」の入っている「ラピュタビル」に行くことが多いのです。

まず「ラピュタビル」の説明をしますと、地下1Fに小劇場「ザムザ阿佐ヶ谷」、2Fに小さな映画館「ラピュタ阿佐ヶ谷」、3Fと4Fにレストラン「山猫軒」が入っている複合施設のこと。

「ラピュタビル」のラピュタとは、みなさんご存じの、宮崎駿監督作品『天空の城ラピュタ』にちなんでいるものです。

実際に行ってみるとわかるのですが、建物の外装は、阿佐ヶ谷の街の中にそびえ立つ、まさしく天空の城のようで、すんごくお洒落。「山猫軒」も宮沢賢治の『注文の多い料理店』から取っていますし、小劇場のザムザはもちろんカフカの『変身』から。

今、こういう小さな街の映画館というのは、とても貴重だと思います。

本当は、昨日、デジカメを持っていって写してこようと思ったのですが、雨だし夜だし、やっぱりダメ〜! ということで、「ラピュタ」のホームページを貼り付けておきますので、写真だけでも建物の雰囲気を味わってみて下さい。こちらからどうぞ。

さて、肝心の寺山の『邪宗門』なのですが、いつものように、寺山修司なるものが炸裂しておりました。寺山修司はパクリの天才みたいな人で、他人の作品でよいと思った表現や素材などをかまわず取ってきて、つぎはぎしながら作品を作ってしまいます。演劇的コラージュないしはモンタージュを狙った作品なのだと思います。

そういえば、少し前、フェリーニの『8½』を見たときに、「あれ? このセリフ、どこかで聞いたような……?」と思ったら、寺山の『田園に死す』の中のセリフだったということがありました。他にも、私が突き止めたのは、『田園に死す』に登場する娼婦の有名かつ寺山がさんざんあちこちの戯曲に登場させているセリフが、じつは、石坂洋次郎の初期のマイナーな短編から取っていたということ。この2つは、そっくりそのままではなく、多少改変してはいますが。。。

で、話を元に戻しますと、今回の『邪宗門』は、他人のというよりは、過去の自分の作品のつぎはぎで構成されていました。そういう作品も非常に多いのですが、今回は、見ていると「あっ、あれだ!」と思うことがとても多かったです。

しかも、脚本のセリフだけでなく、過去に書いた自分の評論の表現も使っていたので、寺山作品をここ数年見続けていた私もかなり唖然。「どうしてこんなにネタを使い回して平気なの!? 私にはわかりません!」と質問したいと思うほど。悪く言えば、ネタの使い回しの一言で済んでしまいます。

ただし、アフォリズムの巧みさには素晴らしいものがあります。もちろん、それも、寺山のオリジナルではなく、どこかの誰かの作品からもじってきていると推測できるわけですが。おそらく彼に言わせれば、独創性なんてものは近代的な個人を前提にした幻想だ!ということになるのでしょう。

生きていたら、今、どんな作品を創っていたのでしょうか。こんなふうに想像をめぐらせて、歴史上の人物と架空の対話をしてみるのも、意味のあることと言えそうです。

さて、話は飛びまして、『神々』と『神獣・モンスター』、またまた増刷です。これで、『神々』は36刷、『神獣・モンスター』は15刷です。

2008/08/26

岩波書店へ行ってきました

かねてから、当ブログでお知らせしておりました、拙稿「壊れた世界と秘匿された〝自然〟」の掲載された『思想』1013号が、ついに発売になりました〜

Shiso200809 実は すでに山口昌男先生からは、先週の土曜日(23日)に電話で早速感想をいただいています。

先生は自宅宛に送られてきた雑誌を、到着してすぐにお読みになり、読了後、間髪入れずに電話を私にくださったという次第。先生はこういう時、すごく反応が素早いのです。

さて、肝心のご感想は、「いやー、面白かった。女性的なるものが中心を脅かすというテーマで、○○○○に収録しなさい!」という、たいへんありがたいものでした。

ちなみに、先生のセリフの○○○○には、漢字四文字の言葉が入るのですが、あまりにも過激なので、ここでは伏字にしておきます

私自身、「女性的なるものが中心を脅かす」なんて一言も原稿の中に書いていなかったのですが、さすが先生、私の論考の方向性をこんなふうに解釈してくださいました。

私も若手の面白い論考を読んだ時に、先生の態度を真似したいな〜、すぐに面白いと言ってあげたいな〜といつも思いますが(私がヒヨッコかもしれないということは抜きにして)、本当にたいへんな励みになります!

そして、本日、私は『思想』編集長の互盛央(たがい もりお)さんとお話をしてまいりました。

互さんとはこれまでメールでは連絡をしあっていたのですが、お目にかかるのは今日が初めてだったのです。

執筆者には掲載号を2冊くださるということで(しかも驚くことに抜き刷り30部までもいただけるという)、その2冊の雑誌を受けとりがてら、岩波書店に伺ったのでした。

互さんとのお話の詳しい内容は、残念ながらここではちょっと書けないのですが、間違いないのは、『思想』が面白くなってきた!ということ。そして、これからもっと面白くなるぞ!ということ。そんな印象を受けました。

原稿のやりとりの中で何が驚いたって、互さんは、(普通ならば編集者の方はチェックしない)参考文献リストまで再確認してくださるという、たいへん緻密なお仕事をする方なのです。その互さんが、この緻密さに加え、大胆さをもって、『思想』の抜本的な改革に取り組もうとしているようなのです。今後の『思想』は、要チェックだと思います。

ということで、みなさま、よろしかったら、『思想』をご覧になってみてください<(_ _)>

2008/08/15

『平凡』の縁(えにし)

東急セミナーBE・青葉台校で、今、私が担当しているのは、「ギリシア神話を楽しむ」という講座なのですが、この10月からは日本神話に変わります。

講座タイトルは「よくわかる日本神話」。(あれ? 何かのタイトルに瓜二つ? という突っ込みはこの際なしということで

この講座は、日本神話の中から有名なものをピックアップしながら読み進んでいくという内容なのですが、何が困ったって日本神話に関する絵画や彫刻などのめぼしいのが、ほとんどないということ。コースを象徴するイメージ画像の選定に苦慮しました。(ここがギリシア神話と違うところです。)

もし良かったら、上の講座タイトルをクリックしてみて下さい。講座のイメージが出てきます。

ところで、同じ時期に、同じスクールで、ノンフィクション作家の新井恵美子さんの講座「流行歌でたどる昭和史 前編〜佐藤千夜子から美空ひばり、山口百恵まで〜」も開講されます。

実は、この新井さんの講座、僭越ながら私が東急セミナーBEに紹介させていただき、この度、めでたく開講の運びとなったものなのです。

新井恵美子さんは、『女たちの歌』(光文社文庫)・『哀しい歌たち』(マガジンハウス)・『マガジンハウスを創った男 岩堀喜之助』(出版ニュース社)など数多くの著書を執筆なさっているノンフィクション作家なのですが、先に挙げた本のタイトルにもなっている現マガジンハウス社(旧・平凡出版)の創始者・岩堀喜之助(いわほり きのすけ)氏のご長女でもあります。

新井さんと私との関係はちょっと変わっていて、話は、私が日本女子大学現代社会学科で助手をしていた時にさかのぼります。

同じ学科の成田龍一先生と吉澤夏子先生(現・立教大学)が中心となって、雑誌『平凡』を読む研究会が立ち上がったのです。その時、私もメンバーとなり、昭和三十年代の『平凡』を九割がた収集したのでした。(マガジンハウス社の資料室にもない、増刊号や付録も集めまして、今、それは日本女子大学に保存されています。)

その収集の最中、新井恵美子さんが自費出版でお出しになった『腹いっぱい食うために—『平凡』を創刊した父岩堀喜之助の話—』(近代文芸社)を見つけ、是非ともお話を伺おうと思い、研究会にお越しいただいたのが、おつきあいの始まりです。

その後、新井さんはご親切にも、研究会の面々に、今は絶版になっている『腹いっぱい食うために』や貴重な資料を提供してくださったり、マガジンハウス社の資料室に連れて行って下さったり、伝説の編集者・木滑良久氏を紹介してくださったり、いろいろと便宜を図ってくださいました。

そういえば、ある時、たまたま偶然、夜食を作るのに寂しかったので、キッチンでぼんやりとNHKラジオで放送されている「ラジオ深夜便」を聞いていたら、公開収録のお知らせが流れ、そこで、新井恵美子さんが一日だけゲスト・パーソナリティーになることがわかったので、「なぬっ?!」と思い、急いで応募要領を何かの包装紙の裏にメモし、早速、応募ハガキを出したところ、十数倍もの競争率をものともせず、見事、大当選 

公開収録当日、もちろん駆けつけ、収録後の新井さんにお目にかかると、開口一番「よく当たりましたね〜。それ以上に、よくラジオを聞いていらっしゃいましたね〜」。新井さんの身内の方もハガキで応募なさったそうですが、みなさん外れてしまったそうです。よく考えると、私たち、すごい縁なのですね。

実は、8月26日に出る私の『思想』の原稿「壊れた世界と秘匿された〝自然〟」の中で、『平凡』について少し取り上げているのですが、奇しくも東急セミナーBEでの講座開講が重なることになりました。

『平凡』研究会にお越しいただいた時も、NHKラジオでのお話も、とても面白かったので、おそらく今回の新井さんの講座も面白いものになるだろうと思います。

ご興味のある方は是非どうぞ。
あ、そうそう、もちろん、私の講座もお忘れなきよう m(__)m

2008/08/09

映画とどら燒き

毎日、本当に暑いですね

暑さのピークではありましたが、昨日は田坂具隆監督作品の映画『女中っ子』(1955年)を見に行ってきました。

田坂監督は石坂洋次郎原作の『陽のあたる坂道』なども撮っていて、それがたいへん良かったので、期待して行ってきました。そして『女中っ子』も期待を裏切らない、なかなかの作品。

特によかったのは、主演女優の左幸子でしょう。若いのに、スクリーンに出てきた瞬間、「東北の田舎から出てきた女中です!」という感じでした。本当に根っからの役者さんなのですね。

ストーリーの最後はとても悲しい終わり方をするのです。女中「初(はつ)」は、住み込み先の次男坊・勝美をかばったことで、結局、そこの家から追い出されてしまいます。そして、勝美の小学校にお別れを言いに行くと、勝美からは「あんまり学校に来るな。(女中にばかりなついた)女中っ子とからかわれるから。」と言われてしまう。しかも、勝美はおそらくこの先ずっと、初が自分のために女中を辞めたということを知らずに生きていく、そして初は一人寂しく、故郷への汽車に乗って去ります。

この終わり方は、ある意味で女中というものにつきものの理不尽さを描いたように思えますが、見方を変えると、これは当時の日本のある状況を描いているとも受け取れます。

「女中」というのは、家族の中に混ざっている他人であるわけですが、実はその存在の位置づけが、昭和三〇年くらいから少しずつ変貌を遂げているのではないか、そしてこの後、日本は、住み込みの「女中」というような存在を排除していくような状況になっていったのではないか、とも考えることのできる作品でした。

映画終了後、有名な「うさぎや」のどら焼きを買って帰りました〜 ここはいつも込んでいるのですが、昨日はあまりの暑さにみんな、店の中でかき氷を食べてました。

さて、本日は、『「世界の神々」がよくわかる本』35刷のお知らせです。
なぜか夏になると好調です!

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