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2008年11月の5件の記事

2008/11/30

出だしが決まらない

今、(私にとっては)もしかすると転機になるやもしれぬ(?)、それゆえなかなかにしんどい仕事をしておりまして、そちらの原稿の冒頭部分を何回も何回も、それこそ本当に何回も書き直しております。なかなか決まらない〜

これに加えて、かなり以前にお引き受けして、ず〜っと進めることのできなかった日本神話の仕事も同時並行的に進めているので、その兼ね合いも難しい〜。しかも、仕事はこれだけではない〜。

しかし、これに慣れなければいけません。今までのように、どっちゃりと、一つの仕事だけに集中していてはいけないのだと、自分に言い聞かせながら、毎日を生きております。

というような苦しい中で、今日は、アマテラスオオミカミが、私に、たまにはこんなのを食べて栄養つけなくちゃ!という配慮をしてくださったのかどうかは定かではありませんが、ハッピーラッキーなことに、ウチの近くのスーパーで、ステーキ用の高級牛肉がなんと半額。

これはもう、「お疲れ様。お食べなさい」の神託と解釈し、早速ゲット

今日の夕食は、これで決まりです

2008/11/26

展覧会のお知らせ

Dream_gate_3_2 現在、36万部を突破しております『「世界の神々」がよくわかる本』(PHP文庫)。その表紙を担当して下さいましたイラストレーター・長野剛(ながの つよし)さんより、展覧会「Dreams Gate Ⅲ」のお知らせをいただきました。

(←こちらは、長野さんからいただいたハガキの裏です。画像をクリックすると拡大します。ちなみに、長野さんの作品は右上のものです。)

期間:2008年12月2日(火)〜12月7日(日)
時間:12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
場所:Gallery 華音留(かおる)

長野剛さんの作品の他、玉神輝美さん、影山徹さん、ツルノリヒロさん、江口あさ子さん、テツ山下さん、高田美苗さん、伊藤清泉さんの作品も見られます。

ご興味のある方は、是非どうぞ。

2008/11/25

100歳になったレヴィ=ストロース

各所から最新刊を送っていただきましたので、今日はその話を。

Shiso200812_5 岩波書店・『思想』の互盛央(たがい もりお)編集長からは、最新刊の『思想』1016号 をいただきました。

今回は、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース特集。なんと、彼、今年100歳なのだとか。長生きですね。

今回の特集号は、レヴィ=ストロースのこれまで未邦訳の論考がかなり翻訳されていて分厚く、お買い得感、満載といった感じです。

さて、ざあっとですが、とにかく最後まで読んでみまして、私にとって特に面白かった論考を一つだけ挙げてみますと、レヴィ=ストロース自身の論考「われらみな食人種(カニバル)」。この論考の初出は1993年10月で、レヴィ=ストロースがもうすぐ85歳になろうとしていた頃のもの。しかし、とても85歳の論考とは思えません。

中身は、1956年にニューギニアで発見されたクールーをめぐるお話。クールーというのは、四肢がガクガク震えて、運動できなくなる病気で、私たちに馴染み深い言葉で言えば、狂牛病に近い症状を呈します。もちろん、狂牛病というのは牛がかかる病気ですが、実は、狂牛病に近い症状になる病気は他にもあり、牛以外の動物や人間もかかるそうなのです。

たとえば、羊がかかるスクレイピー、それから人がかかるクロイツフェルド=ヤコブ病、さらにはこのクールーがそれ。これらは、ほとんど同じ症例を見せるため、一体そこに共通するものは何かということが問題となってきたわけです。

で、そこに見つかったのは、あるウィルスだったのですが、では、いったいどのようにしてそのウィルスに感染するのか、その感染経路が次の問題として浮かび上がってきました。そして驚くことに、クールーの場合、それは、オーストラリアに統括される前の食人の習慣だったのではないかということです。

ここから先は、実際にレヴィ=ストロースの論考を読んでいただければと思いますが、食人の習慣によってもたらされた症状と、一見無縁とも思える最先端医療によってもたらされたものとが同じであるということ、そして食人が愛情と敬意の産物だったという点がたいへん面白かったです。

非常に短い論考なのですが、短くてもここまで論じることができるのかという、お手本のような論考です。こういう知的な文章に出くわすと、私の脳内がみるみるうちに活性化していく様をつぶさに味わうことができました。

なお、このレヴィ=ストロースの論考に出てくるクールー、それから食人について、さらに詳しく知りたいという方は、R. クリッツマンの『震える山 クールー、食人、狂牛病』(法政大学出版局)や、W. アレンズ『人喰いの神話』(岩波書店)なども、あわせて読まれてみてはいかがでしょうか。

もう一冊、いただいた本を挙げておきます。

Geographical_voices_2 監訳者の杉浦芳夫先生よりいただいた、『地理学の声 アメリカ地理学者の自伝エッセイ集』(古今書院)です。

これは、14人の(比較的)著名なアメリカの地理学者の自伝をまとめたもの。たとえば、『ポストモダニティの条件』(青木書店)で有名なデヴィッド・ハーヴェイや、『空間の経験』(ちくま学芸文庫)などでおなじみのイー・フー・トゥアンといった人物の自伝や自伝的講演録が載っています。

これも私は一晩のうちに読んでみましたが、自伝というのは、さまざまに読めるものであるということを痛感しました。

もとから興味を持つ人物ならば、その人がどういう経緯で今のような地位を築いたか、どういうものから刺激を受けたかというようなことを読みたいと思うし、あまり興味のない人物ならば、ところどころに出てくる有名人とのエピソードが気になるところです。

それに加えて、私自身は、その人が自分のことを語っているようでいて、個人的なエピソードの語りの中から当時の社会状況、時代状況が透けて見えるような、そういう記述が面白いと思いました。それと、自分のことを、あたかも他人であるかのように、客観的に観察しているような記述。

こういう記述を読んでいると、原文・翻訳を問わず、その人の真摯さというようなものが、読者にも必ず伝わるのだなということを感じました。ご興味のある方は、一読されてはいかがでしょうか。

2008/11/16

大漁かな

今日、久しぶりに、ウチの近くの大型古本店に行ってみたところ、なんと、岩波文庫が一冊100円という、超破格のお値段で売っておりましたので、思わず、どかっ!と40冊ほどまとめ買いしてしまいました。

これほどの大漁は、記憶によれば、これまでに2回くらいしかありません。

最大にすごかったのは、かつてブックオフで、岩波の日本思想大系が1冊200円で50冊くらい売っていた時。もちろん、全て買い占めました。

もう一つは、これまたブックオフで、国書刊行会の『完訳 金枝篇』(定価10,500円)が、1冊500円で転がっていたのをゲットした時。

今のブックオフではもう、こんなダンピングはありえませんが、最初の頃のブックオフは本当においしかった

ちなみに、大漁の時に網をひいているワタシは殺気立っているので、話しかけない方がようございます

2008/11/15

復活

嗚呼、10月、ほとんどブログ更新できませんでした。。。

なんてったって、科研費の申請書類を3つも作っていたのです。書類作成にあまりにも熟知してしまい、他の人の申請書類をちらと見るなり、「あ、ここ、間違ってる!」なんてのがわかるようになってしまったほど。ヽ(´▽`)/

てなことで、この雑務に追われた1ヶ月の間、あまりの忙しさに心ここにあらず、といった感じだったのですが、科研費申請も終わり(当たれ〜)、他のさまざまなイベントが収束を迎え、ようやく少し落ち着きをとり戻しました。

それでも、こういう忙しい時にでも、なんとか時間を作って、舞台を見たり、映画を見たり、美術を見たり、音楽を聞いたりすることが重要なので、取りあえず、あちこちに出没してはいたのです。

例えば、映画だったら、今東光原作の『みみずく説法』とか、阪東妻三郎主演の『王将』(これがずーっと見たかったのです!)とか。

舞台だったら、ストリンドベリの『稲妻』とか、能『道成寺』とか。

合間に、自宅でDVD鑑賞。
『火まつり』
『洲崎パラダイス赤信号』
『簪』
『潜水服は蝶の夢を見る』

おまけに「おたく」という言葉の発信源であるマクロス・シリーズなんてのも見ました。マクロス・シリーズは、一応、最新作の『マクロス・フロンティア』以外、全部見ましたです

しかし、こうして並べてみると、いかにも雑然としていますね。。。そういえば、美術鑑賞していなかったのに気付きました。

さて、ストリンドベリも、『道成寺』も、マクロス・シリーズも、それぞれコメントしたいことはあるのですが、この1か月間に見た中で、面白いというか、重要というか、問題を孕んでいると思われるのが、ルイジ・ピランデルロの絶筆にして未完の傑作『山の巨人たち』

いやー、ピランデルロの作品はどれもそうなのですが、最初は何を言いたいのか、よくわからないので、眠いのなんのって。いったい誰がこれを「傑作」を呼んだのか不明という感じなのですが、見終わると、「うーむ、さすがノーベル文学賞受賞者!」

なにしろ、テーマは、私が読み取ったところ、「私が<私>となるのはどういうことか(あるいは、なぜ人は特定の人格を身につけ、それを取り替えることができないのか)」をめぐるもの。テーマの深さと格調の高さがひと味もふた味も違うのです。

それから、特に興味深いのが、タイトルにもなっている「山の巨人たち」。実は、「山の巨人たち」は最後まで舞台に登場することがないのですが、これは要するに、ハイデガーのいう「存在」に相当すると思われます。

ということで、テーマ的にはたいへん難しい作品なのですが、この未完の作品を「傑作」と位置づけることのできた人々も、眼力があるなあという気がします。

私が見に行ったときには、テレビ・カメラが入っていたので、そのうち、テレビ放映されるのではないでしょうか。ピランデルロの作品の中で、最初に見るのがこれだという方には少々きついかもしれませんが、見ておく価値のある作品だと思います。

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