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2009/03/24

娘十六ジャズ祭り(1954)

「タイトルに騙されてはいけない! 思いの外、感動する映画」。これが、この映画の感想です。

「娘十六ジャズ祭り」、私は、2009年1月31日から4月3日まで開催されている、新東宝の60作品を見る企画「新東宝大全集」(於:シネマート六本木)の中で見ました。

この映画は、戦後日本で流行ったジャズ・ブームを映像化したものです。新東宝は、日本のジャズ・ブームを、まず「青春ジャズ娘」(1953年)という映画の中で表現し、第二弾として「娘十六ジャズ祭り」をおくり出したのです。

(しかし、ジャズ・ブームとはいうものの、映画を見てみると、ラテン音楽もシャンソンも、「ジャズ」として扱われているのは興味深かったです。)

ところで、なぜこんな地味なタイトルの映画をわざわざ見に行ったのかというと、この「娘十六ジャズ祭り」という映画を、私は、自分の論文「壊れた世界と秘匿され た〝自然〟」(『思想』1013号)の中でちらっと触れているからなのです。

昭和29(1954)年に勃発した労働争議の最中に、近江絹糸(おうみけんし)の「女工」さんたちが、この「娘十六ジャズ祭り」という映画を好んで見ていたということがわかっています。そこで、私は、当時の「女工」さんたちがどんな映画を好んでいたか知るために、六本木まで見に出かけたというわけなのです。

さて、物語の主人公は、雪村いづみさん演じる孤児の「みゆき」。母親を亡くして東京に出てきた「みゆき」が、行くところがなくて困っていたところ、偶然出会ったジャズ・バンドのメンバー4人に拾われます。

この4人、「みゆき」と同じく浮浪児だったのですけれども、古川ロッパ演じる二宮に拾ってもらって大きくなり、現在の地位を得たという過去を持っていました。二宮は、かつては名だたる音楽家だったのですが、今は古びたアパートの2階で、細々と暮らしています。

この二宮に、4人は、孤児の「みゆき」をひきあわせます。すると、二宮はお金がないにもかかわらず「みゆき」をひきとり、彼女を自分の弟が経営する学校にまで通わせるのです。

二宮を実の父のように思い始めていた矢先、「みゆき」は本当の父親に出会い、しかもデビューのチャンスにまで恵まれます。そして、「みゆき」やジャズ・バンドのメンバーが出演する新春のジャズ祭りの舞台が始まります。

けれども、二宮は自分が世話をした子供たちが活躍する中で、一人だけ自分がすでに忘れられた音楽家だという寂寥感を覚えるのです。

物語のあらすじはこのようなものなのですが、なんといっても、この映画で感動するのは、一番最後に出てくる二宮役の古川ロッパのスピーチ。

正直に言うと、見る前はそれほど(というより、全く)期待していなかったのですが、古川ロッパのスピーチがもたらした感動は、観客に、今、見ているのが映画だということすら忘れさせるものでした。映画終了後には、会場から拍手がおこったほど。冒頭にも書いたように、はっきり言って、すごくいい映画でした

ということで、御覧になってみてください。

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