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2009/04/12

自己実現のための勉強法(10)―「自分自身のテーマあるいは視野の広げ方」編(5)

自己実現のための勉強法の10回め。今回は、「自分自身のテーマあるいは視野の広げ方」の5回めです。

前回は、 自分の専門と異なるジャンルに触れる、できれば自分の専門とは正反対のジャンル、異なった時代、異なった言語の文化に触れるということを述べました。今回は、それに関する具体例をお話ししてみたいと思います。

性質の異なる井戸を縦横無尽に組み合わせる天才といえば、私の頭に真っ先に浮かぶのが、やはり、このお方、山口昌男先生です。

日本ならば古代から近現代の事象、そして日本にとどまらず世界各地の古代から現代までの事象をまたにかけ、各地に出かけていってはフールドワークをやり、自らの手で風景や人々をデッサンし、そこにある古本屋に出没、文献を買い集め、注目する学者が本を出せば翻訳が出るより先に、誰よりも早く原語で読み、扱う対象は神話や民間伝承から文学、詩歌、演劇、舞踏、音楽、映画、絵画、彫刻、写真、漫画、民間芸能、……、ジャンルは人類学のみならず歴史、文学、哲学(現象学)、芸術学、宗教学、社会学、政治思想、現代思想……といった具合に幅広く、データの収集のみならず理論武装もしており、日本を代表する読書家、本の蒐集家であり、……。

この文は今私が思いついたものだけを書いたにすぎません。おそらく、これも足りない、あれも足りないという点が数多くあると思います。それほど、山口先生はものすごーく井戸の数が多いのです。

私の知るエピソードでお話ししましょう。先生の井戸の多さを物語るものとして、まず山口先生の本の買い方を紹介しておきます。

山口先生のお気に入りの書店は、明治23年創業の神田神保町にある東京堂書店で、とくにここの1階の新刊書棚をなめるように御覧になっています。この書店、先生は評論家の坪内祐三氏に教えてもらったとのことですが、確かに業界では有名な書店のようなのです。たとえば、評論家の福田和也氏も、東京堂書店の1Fをまっさきにチェックするところに挙げています。その箇所を引用してみますと、

神保町は、世界一といってもいい古本屋街ですし、街としてもとても楽しいところですね。
だから、週に一度は、行くようにしています。
神保町では、まず東京堂書店に行きますね。
ここの一階の平台は、出版関係者ならば、必ずチェックするといわれるほど充実していて、新刊本のめぼしいものは、ほとんどが並んでいます。(福田和也『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』PHP研究所:p46)

ということで、山口先生は、この福田和也氏も着目する東京堂書店の1F新刊コーナーに行くのですが、何回か私もついていったことがあります。

ちなみに、これも先生から教えてもらったのですが、東京堂書店・取締役の佐野衛さんは、ご自分でもご本をお書きになっていらっしゃる方だとのこと。そういえば、初めて私が先生とご一緒に東京堂書店に行き、先生を出迎えた佐野さんに御挨拶したところ、佐野さんは私に「たしか、読売新聞に書評が載っていましたね」とおっしゃったのです。

確かに、その数ヶ月前、読売新聞紙上で、荻野アンナさんが拙著『クソマルの神話学』を取り上げて評してくださったのですが、それを覚えていただけでなく、とっさにその記憶が出てきた佐野さんに脱帽したということがありました。

要するに、佐野さんはじめ、東京堂書店というところは、新人に対する書評にまでアンテナを張り巡らして、書籍のコーナーを作り上げているということなのだと思います。ということで、私も神保町へ行くたびに、東京堂に寄っているのです。

さて、東京堂書店につくと、先生は、まず新刊の書棚をじっと眺め、書籍を手に取り、目次を見て、序文の箇所を少し読み、面白いと思ったら、後ろにいる私に手渡すのです。(先生は足がお悪いので、つきそいの私が先生に代わって、この本をキャッシャーのところに持っていくわけです。)

著者名を見ただけで、中身も見ずに、即「買い!」となる本もあります。そうこうしているうちに、次々と購入する本がたまっていき、とうとうある棚などは、ほとんどが購入本となって棚から抜かれてしまったために、残った本が棚の中で横倒しにぱったりと倒れてしまった、それくらい棚にスペースが出来てしまった、などということもありました。

こんなふうにして、だいたい、2,3時間くらいかけて、じっくりと物色するのが先生流なのです。

で、上に述べたような幅広いジャンルの新刊書を、書店を訪れるたびに購入していくわけです。一回で、だいたい4、50冊くらいは購入していると思います。

ちなみに、これは新刊を扱う書店での場合。この他に古本屋から購入する古本もあるのですから、トータルすると、その量はハンパじゃありません。ちなみに、古本市でも、新刊書と同じようにして本を一冊一冊物色なさっています。そして、この大量の本は、現在、札幌大学の山口文庫に収められています。以前の記事にも書いたとおり、私もこの文庫を見せていただきましたが、所蔵されている様々なジャンルの本を見ているだけで勉強になります。皆さんも北海道に行かれた際には一度訪問されてみてはいかがでしょうか。

さて、実際、先生のこの本の買い方は、目の前で見ると、普通の人には狂気の沙汰に見えるようです。

先生の奥様が不在で、介護の女性が一人、先生のそばにいた時のこと。あまりにも先生が本を買いに行きたがるので、ご自宅近くの東京外国語大学の大学生協に、介護の方と先生とで本を買いに行ったことがあったそうです。

ところが、その時先生が生協であまりにも大量の本を購入したために、介護の方がびっくりしてしまい、外出から戻った奥様に、「旦那さん、大丈夫でしょうか。手当たり次第に本を買って。薬のせいで頭が呆けたんじゃないでしょうか」と本気で心配していたとのこと。

しかし、奥様は買ってきた本を見て一言、「いいえ、大丈夫。いつもより本の数が少ないもの」。さらに先生いわく、「大学生協はあまり本を置いていない」。。。

後日、このエピソードを奥様から聞いた私は、腹をよじって大笑いをしたのですが、とにかく山口先生は、普通の人からすれば、頭がおかしくなったんじゃないかと思うほどの量の本を一気に買うわけです。御本人はこれを「本のバカ買い」と称しています。

ところで、私はといえば、こういう先生の本の買い方を目の前にしても、正直に言って、それほど驚きませんでした。というもの、実は、私自身、大学院生の時に、駿台や河合塾などの予備校で講師をしていて、金銭的には今よりもはるかに潤沢だったので、その当時は一年あたり最低200万円以上は本を買っていたからです。

もちろん、世の中には数千万円を費やすという強者もいるでしょうが、とにかく、買った本の量という点では、私は驚くというよりも納得したのです。ああ、やっぱり山口先生はこれくらいの量の本を買っているのだ、これくらいの本を買わなければ、あのすさまじい仕事はできないのだ、と。

というわけで、私がびっくりしたのは、先生が購入した本の量ではなく、質だったのです。

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