おめでたい話
本日、山口昌男先生が、瑞宝中綬章(ずいほうちゅうじゅしょう)
を受章されました。
本当におめでとうございます!
早速、お電話
を差し上げたところ、奥様が出られて、とても喜んでいらっしゃいました。
嬉しいお知らせですので、この場を借りて、みなさまにもお知らせいたします。
« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »
本日、山口昌男先生が、瑞宝中綬章(ずいほうちゅうじゅしょう)
を受章されました。
本当におめでとうございます!
早速、お電話
を差し上げたところ、奥様が出られて、とても喜んでいらっしゃいました。
嬉しいお知らせですので、この場を借りて、みなさまにもお知らせいたします。
この3年ばかり、私は都留文科大学で、カリフォルニア大学から来た留学生に対して、日本研究の講義を行っています。講義とはいっても毎回の人数は10人程度なので、実際は演習と同じ。
で、どんな内容かと言いますと、子供用に書かれた仏教説話や仏典童話を毎回読んできてもらって、それについて議論し、最後に私が説明するというもの。
ただし、子供用ではありますが、扱う内容は本格的です。四聖諦(ししょうたい)をはじめとして、菩提心(ぼだいしん)から空性(くうしょう)・縁起に至るまで様々な事柄を取り上げています。さらに説話・童話から平家物語や徒然草、方丈記、そしてウィトゲンシュタインにまで話が及ぶ事もあります。
子供用に書かれたものを選んだのは、留学生の日本語能力がまだ充分ではなく、普通のテクストを選択できないという事情があったからなのです。(向こうで日本語を学んでいた人もいるとはいえ、来日してまだ3ヶ月しか経っていない!)
しかし、さすがディベートの国の住民、童話の内容について議論させると一転、片言の日本語を最大限に駆使して、なかなか鋭い質問を放って
くるのです。
以前、浜田広介の秀作「泣いた赤おに」を読んだ時、ある学生が言いました。
「何で、青鬼は赤鬼に黙って去ってしまったのか? 去る理由を一言告げていくべきではなかったか。これで真の友達と言えるのか? 友達に失礼だ。」
この意見には、本当にビックリ![]()
だってこのお話、たしか子供の頃からの常識では、人間と仲良くしたい赤鬼のために、青鬼が悪役を買ってでて、その結果、赤鬼のもとを青鬼は黙って去って行く。そんな青鬼の思いやりと友情を描いた、なんとも感動的な物語だったはず、では?
講義以前にも以後にも、何回も読んではいたのですが、こんな事、私、考えた事もありませんでした。
いえ、どちらかというと、「ええ話や〜」と涙ぐむ
ことだってあったくらいです。それなのに「失礼だ」とは。私の感動はいずこへ。。。![]()
そして今週、またまたびっくりする出来事がありました。
今回のテクストは「すなのしろ」。
その中に、子供達が砂の城を作っているのと、人間のこの世の営みは同じようなものである、という話が書かれてあったのです。が、どうも留学生の女の子にはこの意味が分からなかったらしい。
そこでどうしたか。なんと彼女、近くのお寺のご住職にテクスト持参で聞きに行き、帰りには「諸行無常」という漢字を書いていただいたとの事。しかも振り仮名つき。
いやはや凄い! 講義に対する熱心さに頭が下がりました。
ところで、ここ数年のカリフォルニア大学の留学生の勉強態度にすっかり刺激された私。良い考えを思いつき
、都留文科大学の学生にも、容赦・妥協のない演習を強行する事に決めたのです。
前期のテクストはエリアーデの『聖と俗』とD.H.ロレンスの『黙示録論』。
これを毎回30〜50頁読んできてもらって、報告議論するという演習。
具体的には、毎回全員にレジュメを作成してきてもらい、自分以外の参加者にそのレジュメを配布します。レジュメの内容は、各段落ごとのまとめと該当箇所の200字から400字程度の要約です。そして演習ではアトランダムに報告者を指名して発表してもらい議論を行うのです。
かなりきつい演習の進め方ですが、このやり方だと、発表者だけが本を読んできて、他の人は聞き役になるという事がありませんし、参加していれば、必ず本を通読する事になります。しかも自分以外の人が作成したレジュメを参考にできるので、自分のレジュメも次第によくなってくるのです。
実は、これまでにも、この方法で演習をやっていたのですが、今年度はこれに加えて、単位の要件として欠席した回のレジュメも、後から必ず提出してもらう事にしました。
なぜって、昨年カリフォルニア大学の学生が風邪で講義を休んだ時、次の週に一言、「先生、欠席した分のレポートを提出します」、と自主的に申し出てきたのです。おお
私はその時確信しました。カリフォルニア大学の学生に出来て、都留文科大学の学生に出来ない事はない
と。
でも一方では、「こんなキッツイ授業、誰がとるねん!」と自分で突っ込みを入れていたのも確かです。
しかし、履修する学生がちゃんといるのですね。都留文科大学の学生の頑張りに期待しています![]()
確かに、歌
は知っていました。笠置シズ子さんと高峰秀子さんが、二人で歌を歌っていたのも知っていました。だけど、この映画がこんなに感動的だとは、知らなかった!!
流行るものには何かがある。しかも爆発的にヒットしたものには、見過ごせない何かがある。
と思わせる力を持った作品です。
物語はとてもシンプル。芸術家志望なのに、ピアノが買えない「お春
」(笠置シズ子)と、絵の具が買えない「お秋
」(高峰秀子)の二人が、お金をかせぐために銀座のバーで歌を歌うという話。
ところが、こんな、なんてことのない話なのに、見終わった私は興奮して、帰りの電車の中で読もうと思っていた本が読めなかったのです。いつまでも余韻に浸っていたくて。
とくにいいのは、一番最後の場面。そこでは、名人・5代目古今亭志ん生の芸がたっぷりと楽しめるのですが、その芸の使い方が味わい深い。歴代の日本映画のラストシーンの中でも、傑出の一つだと思わせる終わり方です。「なるほど。そうか、こういう終わり方もあるのか」と。
YouTubeに「銀座カンカン娘」がアップされていました。
ちなみに、「銀座カンカン娘」の映画DVDで発売されています。
自己実現のための勉強法の10回め。今回は、「自分自身のテーマあるいは視野の広げ方」の5回めです。
前回は、 自分の専門と異なるジャンルに触れる、できれば自分の専門とは正反対のジャンル、異なった時代、異なった言語の文化に触れるということを述べました。今回は、それに関する具体例をお話ししてみたいと思います。
性質の異なる井戸を縦横無尽に組み合わせる天才といえば、私の頭に真っ先に浮かぶのが、やはり、このお方、山口昌男先生です。
日本ならば古代から近現代の事象、そして日本にとどまらず世界各地の古代から現代までの事象をまたにかけ、各地に出かけていってはフールドワークをやり、自らの手で風景や人々をデッサンし
、そこにある古本屋に出没、文献を買い集め、注目する学者が本を出せば翻訳が出るより先に、誰よりも早く原語で読み
、扱う対象は神話や民間伝承から文学、詩歌、演劇、舞踏、音楽、映画、絵画、彫刻、写真、漫画、民間芸能、……、ジャンルは人類学のみならず歴史、文学、哲学(現象学)、芸術学、宗教学、社会学、政治思想、現代思想……といった具合に幅広く、データの収集のみならず理論武装もしており、日本を代表する読書家、本の蒐集家であり、……。
この文は今私が思いついたものだけを書いたにすぎません。おそらく、これも足りない、あれも足りないという点が数多くあると思います。それほど、山口先生はものすごーく井戸の数が多いのです。
私の知るエピソードでお話ししましょう。先生の井戸の多さを物語るものとして、まず山口先生の本の買い方を紹介しておきます。
山口先生のお気に入りの書店は、明治23年創業の神田神保町にある東京堂書店で、とくにここの1階の新刊書棚をなめるように御覧になっています。この書店、先生は評論家の坪内祐三氏に教えてもらったとのことですが、確かに業界では有名な書店のようなのです。たとえば、評論家の福田和也氏も、東京堂書店の1Fをまっさきにチェックするところに挙げています。その箇所を引用してみますと、
神保町は、世界一といってもいい古本屋街ですし、街としてもとても楽しいところですね。
だから、週に一度は、行くようにしています。
神保町では、まず東京堂書店に行きますね。
ここの一階の平台は、出版関係者ならば、必ずチェックするといわれるほど充実していて、新刊本のめぼしいものは、ほとんどが並んでいます。(福田和也『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』PHP研究所:p46)
ということで、山口先生は、この福田和也氏も着目する東京堂書店の1F新刊コーナーに行くのですが、何回か私もついていったことがあります。
ちなみに、これも先生から教えてもらったのですが、東京堂書店・取締役の佐野衛さんは、ご自分でもご本をお書きになっていらっしゃる方だとのこと。そういえば、初めて私が先生とご一緒に東京堂書店に行き、先生を出迎えた佐野さんに御挨拶したところ、佐野さんは私に「たしか、読売新聞に書評が載っていましたね」とおっしゃったのです。
確かに、その数ヶ月前、読売新聞紙上で、荻野アンナさんが拙著『クソマルの神話学』を取り上げて評してくださったのですが、それを覚えていただけでなく、とっさにその記憶が出てきた佐野さんに脱帽したということがありました。
要するに、佐野さんはじめ、東京堂書店というところは、新人に対する書評にまでアンテナを張り巡らして、書籍のコーナーを作り上げているということなのだと思います。ということで、私も神保町へ行くたびに、東京堂に寄っているのです。
さて、東京堂書店につくと、先生は、まず新刊の書棚をじっと眺め、書籍を手に取り、目次を見て、序文の箇所を少し読み、面白いと思ったら、後ろにいる私に手渡すのです。(先生は足がお悪いので、つきそいの私が先生に代わって、この本をキャッシャーのところに持っていくわけです。)
著者名を見ただけで、中身も見ずに、即「買い!」となる本もあります。そうこうしているうちに、次々と購入する本がたまっていき、とうとうある棚などは、ほとんどが購入本となって棚から抜かれてしまったために、残った本が棚の中で横倒しにぱったりと倒れてしまった、それくらい棚にスペースが出来てしまった、などということもありました。
こんなふうにして、だいたい、2,3時間くらいかけて、じっくりと物色するのが先生流なのです。
で、上に述べたような幅広いジャンルの新刊書を、書店を訪れるたびに購入していくわけです。一回で、だいたい4、50冊くらいは購入していると思います。
ちなみに、これは新刊を扱う書店での場合。この他に古本屋から購入する古本もあるのですから、トータルすると、その量はハンパじゃありません。ちなみに、古本市でも、新刊書と同じようにして本を一冊一冊物色なさっています。そして、この大量の本は、現在、札幌大学の山口文庫に収められています。以前の記事にも書いたとおり、私もこの文庫を見せていただきましたが、所蔵されている様々なジャンルの本を見ているだけで勉強になります。皆さんも北海道に行かれた際には一度訪問されてみてはいかがでしょうか。
さて、実際、先生のこの本の買い方は、目の前で見ると、普通の人には狂気の沙汰に見えるようです。
先生の奥様が不在で、介護の女性が一人、先生のそばにいた時のこと。あまりにも先生が本を買いに行きたがるので、ご自宅近くの東京外国語大学の大学生協に、介護の方と先生とで本を買いに行ったことがあったそうです。
ところが、その時先生が生協であまりにも大量の本を購入したために、介護の方がびっくりしてしまい、外出から戻った奥様に、「旦那さん、大丈夫でしょうか。手当たり次第に本を買って。薬のせいで頭が呆けたんじゃないでしょうか」と本気で心配していたとのこと。
しかし、奥様は買ってきた本を見て一言、「いいえ、大丈夫。いつもより本の数が少ないもの」。さらに先生いわく、「大学生協はあまり本を置いていない」。。。
後日、このエピソードを奥様から聞いた私は、腹をよじって大笑い
をしたのですが、とにかく山口先生は、普通の人からすれば、頭がおかしくなったんじゃないかと思うほどの量の本を一気に買うわけです。御本人はこれを「本のバカ買い」と称しています。
ところで、私はといえば、こういう先生の本の買い方を目の前にしても、正直に言って、それほど驚きませんでした。というもの、実は、私自身、大学院生の時に、駿台や河合塾などの予備校で講師をしていて、金銭的には今よりもはるかに潤沢だったので、その当時は一年あたり最低200万円以上は本を買っていたからです。
もちろん、世の中には数千万円を費やすという強者もいるでしょうが、とにかく、買った本の量という点では、私は驚くというよりも納得したのです。ああ、やっぱり山口先生はこれくらいの量の本を買っているのだ、これくらいの本を買わなければ、あのすさまじい仕事はできないのだ、と。
というわけで、私がびっくりしたのは、先生が購入した本の量ではなく、質だったのです。
昨日、浅草の木馬亭(もくばてい)に、浪曲を聴きに行ってまいりました。
雷門。朝10時にもかかわらず、すごい人出です。しかし、人は写っていません。
人混みを縫うように仲見世商店街を進み、いろいろと寄ってみたくなるところをぐっとがまん
して、まずはお目当ての木馬亭
へ。
ここへ来たのは、2度目。2007年2月24日の見世物学会のイベントに、山口昌男先生・奥様、そして岩波書店編集部の林建朗さんとご一緒したのが最初でした。そういえば、木馬亭はおろか浅草に来たのも、その時以来です。
実は、今日のお目当ては、寺山修司作の「新宿・お七」。なんと驚いたことに、寺山、浪曲も書いていたのです。
浪曲師は玉川奈々福(たまがわ ななふく)さん。3月にはNHKにも出演なさっています。曲師は沢村豊子さん。
このNHKの放映の影響か、奈々福さんの談によると、会場には、いつもより比較的年齢層の低い聴衆が集まっていたようです。
私、実は、浪曲って初めてナマで聞いたのですが、けっこう面白いものですね。寺山の「新宿・お七」の前には、古典「寛永三馬術」 も聞くことができました。
とくに、驚いたのは、浪曲というのは、曲は自分でつけるということ。台本(今回の場合は、寺山の「新宿・お七」)にどのような曲をつけるのかは書かれていないので、曲師(三味線の伴奏者)と相談して、作り上げていかなくてはならないそうです。
一本は古典、一本は新曲の二本立て、約一時間の熱演
。500円の木戸銭では申し訳ないような気がしました。
さて、その後は、久しぶりに来た浅草見物。
舞妓さんだァ……。
それから、浅草寺へ。
境内をあちこち歩いていると、こんなものを見つけました。「映画弁士塚」。右上に徳川夢声の名前があります。
今日のメニューは、「元祖やきかつ 桃タロー」の特上鉄板
。カツは揚げてあるのじゃなくて、鉄板の上で焼かれています。そのカツに、ウェイトレスのお姉さんが添付のソースをかけてくれます。
あつあつの鉄板の上でソースが激しくはねますが、それを紙ナプキンで遮ること、しばし。。。この他に、御飯と豚汁、キャベツの千切り、お新香、アイスクリームがつきます。
さて、すっかり満腹になったところで、今度は、隅田川方面に向かってみました。
吾妻橋の上で、川面と川べりの桜
を見ていると、永井荷風の作品が思い出されてきます。
が、そんなしみじみした情緒も、目の前の物体を見て、吹っ飛びました。
あれは、もしや、Dr. スランプ アラレちゃんが、つんつくつんしているやつでは?
しかも、黄金色。。。
いいえ、違います! 実は、これ、フィリップ・スタルク氏設計のアサヒビール「スーパードライホール」の屋上にある炎のオブジェ
なのです。
これを私は、たしか映画『月はどっちに出ている』の中で最初に見たと記憶しているのですが、やはり実物には何とも言えない迫力がありました。
さて、最後は、神谷(かみや)バー。帰ろうかと道を歩いていると、信号のところで、人力車をひっぱっているお姉さんがお客さんに「あそこは日本で一番古いバーなんですよ」と説明しているのを小耳に挟んだので、前までやってきました。
最初、横にある看板を見て、「電氣ブラシ」の誤植かと思いました(本気で)。だから、「なんで、バーなのに? ブラシはいくらなんでも飲めんぞ」と思いました。後で誤解が解けても、やっぱり下戸の私には飲めませんでした。「デンキブラン」たら30度もあるんですもの(なんと、「電氣ブラン」オールドだと40度とのこと)。
デンキブランが何かを知りたい方は、こちらからどうぞ。