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2009/04/25

カリフォルニア大学からの留学生@都留文科大学

この3年ばかり、私は都留文科大学で、カリフォルニア大学から来た留学生に対して、日本研究の講義を行っています。講義とはいっても毎回の人数は10人程度なので、実際は演習と同じ。

で、どんな内容かと言いますと、子供用に書かれた仏教説話や仏典童話を毎回読んできてもらって、それについて議論し、最後に私が説明するというもの。

ただし、子供用ではありますが、扱う内容は本格的です。四聖諦(ししょうたい)をはじめとして、菩提心(ぼだいしん)から空性(くうしょう)・縁起に至るまで様々な事柄を取り上げています。さらに説話・童話から平家物語や徒然草、方丈記、そしてウィトゲンシュタインにまで話が及ぶ事もあります。

子供用に書かれたものを選んだのは、留学生の日本語能力がまだ充分ではなく、普通のテクストを選択できないという事情があったからなのです。(向こうで日本語を学んでいた人もいるとはいえ、来日してまだ3ヶ月しか経っていない!) 

しかし、さすがディベートの国の住民、童話の内容について議論させると一転、片言の日本語を最大限に駆使して、なかなか鋭い質問を放ってくるのです。

以前、浜田広介の秀作泣いた赤おに」を読んだ時、ある学生が言いました。

「何で、青鬼は赤鬼に黙って去ってしまったのか? 去る理由を一言告げていくべきではなかったか。これで真の友達と言えるのか? 友達に失礼だ。」

この意見には、本当にビックリ

だってこのお話、たしか子供の頃からの常識では、人間と仲良くしたい赤鬼のために、青鬼が悪役を買ってでて、その結果、赤鬼のもとを青鬼は黙って去って行く。そんな青鬼の思いやりと友情を描いた、なんとも感動的な物語だったはず、では?

講義以前にも以後にも、何回も読んではいたのですが、こんな事、私、考えた事もありませんでした。

いえ、どちらかというと、「ええ話や〜」と涙ぐむことだってあったくらいです。それなのに「失礼だ」とは。私の感動はいずこへ。。。

そして今週、またまたびっくりする出来事がありました。

今回のテクストは「すなのしろ」。

その中に、子供達が砂の城を作っているのと、人間のこの世の営みは同じようなものである、という話が書かれてあったのです。が、どうも留学生の女の子にはこの意味が分からなかったらしい。

そこでどうしたか。なんと彼女、近くのお寺のご住職にテクスト持参で聞きに行き、帰りには「諸行無常」という漢字を書いていただいたとの事。しかも振り仮名つき。

いやはや凄い! 講義に対する熱心さに頭が下がりました。

ところで、ここ数年のカリフォルニア大学の留学生の勉強態度にすっかり刺激された私。良い考えを思いつき、都留文科大学の学生にも、容赦・妥協のない演習を強行する事に決めたのです。

前期のテクストはエリアーデの『聖と俗』とD.H.ロレンスの『黙示録論』。

これを毎回30〜50頁読んできてもらって、報告議論するという演習。

具体的には、毎回全員にレジュメを作成してきてもらい、自分以外の参加者にそのレジュメを配布します。レジュメの内容は、各段落ごとのまとめと該当箇所の200字から400字程度の要約です。そして演習ではアトランダムに報告者を指名して発表してもらい議論を行うのです。

かなりきつい演習の進め方ですが、このやり方だと、発表者だけが本を読んできて、他の人は聞き役になるという事がありませんし、参加していれば、必ず本を通読する事になります。しかも自分以外の人が作成したレジュメを参考にできるので、自分のレジュメも次第によくなってくるのです。

実は、これまでにも、この方法で演習をやっていたのですが、今年度はこれに加えて、単位の要件として欠席した回のレジュメも、後から必ず提出してもらう事にしました。

なぜって、昨年カリフォルニア大学の学生が風邪で講義を休んだ時、次の週に一言、「先生、欠席した分のレポートを提出します」、と自主的に申し出てきたのです。おお 

私はその時確信しました。カリフォルニア大学の学生に出来て、都留文科大学の学生に出来ない事はない と。

でも一方では、「こんなキッツイ授業、誰がとるねん!」と自分で突っ込みを入れていたのも確かです。

しかし、履修する学生がちゃんといるのですね。都留文科大学の学生の頑張りに期待しています

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