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2009年6月の3件の記事

2009/06/29

打ち合わせの日々

大学の講義と死生学のCOEの仕事で繁多なのはいつもの事ですが、それにもまして天手古舞いの日々を、このところ送っていました。

特に先週は、「これだけ、毎日、打ち合わせばかりしているのも珍しい」というくらい、連日、何かの打ち合わせ、ないしは打ち合わせ準備のようなものをしていました。(その合間に、原稿書きとチェック・訂正。)

ああ、時間が欲しい。。。

さて、打ち合わせの中には、拙著『猫はなぜ絞首台に登ったか』(光文社新書)を編集してくださった、光文社・新書編集部の小松現さんとの再会がありました。

最近、小松さんから、光文社のPR誌『本が好き!』に掲載するエッセイのお話をいただいたりして、けっこうメールでのやりとりはしていたのですが、実際にお会いするのは、本当に何年かぶり

知らない間に、小松さんは副編集長に昇進していて、

しかも、昨今、書店に行って、平積みの棚を眺めれば、必ずと言っていいほど、その方と目が合う、3代目・自転車名人、

あの、勝間和代さんの、

『お金は銀行に預けるな』なども手がけられていました。

(小松さんによると、勝間さんのいろいろな著書の中で、この本が一番売れているとのことです。)

ちなみに、私のエッセイですが、2009年7月10日発売の8月号(通巻38号)に掲載されることになっております。

それから、先週の特記事項としては、なんと、某テレビ局の某番組からの接触がありました。

まだお話だけなので、実際に出演と相成るかどうかはまだ不明ですが、たいへんありがたく思ったのと同時に、心の底から驚きました。

なんといっても、番組のホストがあのV6のみなさんなので。。。

モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

ラジオには出たことがあるのですが、テレビは……。はてさて、どうなるでしょう

2009/06/10

富士学会・第8回シンポジウム(2009年6月20日)のお知らせ

富士学会会長・西川治先生より、第8回富士学会のお知らせが届きました。

Fuji_13

富士学会といえば、昨年の7月に珍しい能の演目「富士山」の公演を主催した所で、富士山を研究するための学会です。

今年は公演はなく、どうやら富士山に関する文化論的なシンポジウムがメインのようです。

シンポジウムの講演者は二人で、中世文学研究者の久保田淳氏と比較文学者の平川祐弘氏です。

ゴージャスなメンバーなのに、大会参加費は無料、しかも学会員でなくても聴講できるとのこと。

期日は以下の通りですので、興味がおありの方は、是非どうぞ。

2009年6月20日(土曜日)開場13:20 終了18:00

なお、詳細については、富士学会のホームページを直接ご覧下さい。

2009/06/06

ブリテンズ・ゴット・タレント2009 その後の話題 

前回、イギリスのオーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント(Britain's Got Talent。略してBGT)」と数組の出演者のことをちょこっと書きましたが、それ以来、番組に関する検索ワードで当ブログへやってくる方がだいぶ増えました。

特に、「ブリテンズ・ゴット・タレント」のファイナリストたちがその後どうなったかを知りたいという方が多いようなので、今回は、私がイギリスの新聞から知り得た三組(厳密に言うと、二組と一人、Diversity、Susan boyle、Stavros Flatley)のその後を書いておきたいと思います。

ということで、いつもの当ブログの内容とは趣が異なっていて、知っている人にだけわかる話題となっております。

ちなみに、出演者の演技は、番組のホームページ(音楽が出ます、ご注意あれ!)上でも、YouTubeでも見ることができます。YouTubeなら、「Britain's Got Talent 2009 ○○」と○○のところに出演者の名前を入力すれば、たくさんの動画が出てきます。予選、セミ・ファイナル、ファイナルと3段階の動画があります。

ご存じない方で興味をお持ちの方は、ご覧になってからお読みいただければ幸いです。

まずは今回の優勝者であり、映画出演も決まったダンス・グループのダイヴァーシティ(Diversity)。彼らの真ん中で、軽々と宙返りを繰り返していた、アフロヘアを変形したような髪型の13歳の少年ペリー(Perri)君は、BGTのために休んでいた学校(エセックスにあるGable Hall Schoolという学校だそうです)に戻り、日常生活を送っているようです。

このステージに出演してからというもの、ペリー君の環境は大激変したとのこと。というのも、優勝した彼のもとには女の子のファンが殺到したからだそうです。かわいい女の子からきつく抱きしめられることもあったそう。

この後、ペリー君は、ダイヴァーシティの他のメンバー、それからBGTのファイナリストたちと一緒に、6月12日から7月5日までの間に、現在のところ合計20回開催されるテレビ局主催の地方公演に出るとのこと。1公演のチケット代は約5,000円!

話かわって、この公演への出演が目下危ぶまれているのが、今回、BGTを世界的な番組に押し上げた立役者である、48歳の歌姫スーザン・ボイル(Susan boyle)さん。略してスーボ(SuBo)。未婚で、本人が「これまでキスもしていない」と最初のオーディションの時にふざけて述べたため、新聞紙上では「スコットランドの乙女(Scottish Virgin)」などとも表現されています。

日本でも報道されましたが、彼女、ダイヴァーシティに負けたのが原因か、今、入院中です。「スーボの崩壊(meltdown)」などと書き立てられていますが、彼女が立ち直って、歌を続け、世界中から来ている仕事の依頼をこなしていけば、多く見積もって、1年間に10億円を超えるくらい稼ぐ(!)のではないかという試算も出ているようです。

この番組、チャールズ皇太子もファンで、とくに彼が興味津々なのはこのスーザン・ボイルさんだとのこと。審査員の一人である女優のアマンダ・ホールデン(Amanda Holden)さんに自分から近寄ってきて、「あなたが、ブザーで、ショーをしている方ですね?」とユーモラスに話しかけたほどだそうです。

(アマンダさんを初めとする審査員3人〈時には4人〉は、出演者に対して、ダメだと思った瞬間に赤いブザーを押すことになっています。このブザーが鳴ると、舞台上に用意された大きな×が赤く点灯し、3つ×がつくと、出演者はその場で演技をやめなくてはならないというルールがあります。)

これは、チャールズ皇太子の生活を知る上で、かなり貴重な情報だと思います。

実は、私、大学生の時に、ケンブリッジ大学から日本の奨学金で留学にやってきた女の子2人と知り合いになったのですが、彼女たちは2人ともテレビを見ていないと話していました。そして、彼女たちの周囲の友人も家族もテレビを見ていないらしいのです。

その時にわかったのは、イギリスのエリート層というのは、そもそもテレビを全く見ない人たち、テレビを見る習慣の全くない人だちだということでした。では、彼らは何をしているのかというと、本を読んでいるのです。しかも、詳細なノートを取りながらです。

イギリスは階級社会と言われていますが、階級によって、テレビを見る見ないというような生活習慣も異なるのだということを、私は初めて知ったのです。

だから、私は、あのチャールズ皇太子がそもそもテレビを見ているのだということに驚いたのです。そして、それは私だけではなく、チャールズ皇太子が話しかけた当のアマンダ・ホールデンさんもそうだったよう。

チャールズ皇太子がアマンダに話しかけた時、彼女はこう答えているのです。「あなた(=チャールズ皇太子)がテレビを見ているなんて、知りませんでした」と。それだけBGTの人気が社会現象と呼べるくらいにまで高まったということなのでしょうけれども、一方でイギリスの階級社会を支える生活習慣が変化してきたことも窺わせて、なかなか面白いやりとりだと思います。

さて、最後の話題は、12歳にして天才的歌唱力を持つシャヒーン・ジャファゴリ(Shaheen Jafargholi)に、何故かセミ・ファイナルで期せずして勝ってしまった、親子のダンサー、スタブロス・フラットリー (Stavros Flatley)についてです。

父親はディミトリオス氏40歳、子どもはラギ君12歳。舞台の上ではシャヒーン君とラギ君はライバル同士となってしまったわけですが、舞台を降りると2人は同い年ということもあって、大の仲良しのようです。

で、父親のディミトリオスが語ったところによれば、彼ら親子も日常生活に戻ったようです。

ディミトリオスは、ロンドンのオークウッドで、ギリシア料理のレストランを経営しています。その名前は「シルターキ タヴェルナ(Sirtaki Taverna)

レストランの名前のシルターキとはギリシアの民族舞踊のことで、タヴェルナは軽食堂のこと。探してみたら、「シルターキ タヴェルナ」のホームページがありました(ここも音が出ます)。彼らのダンスと同じで、とても楽しそうなお店です。イギリスに行ったら、是非寄ってみたいと思ってしまったほど。(その後、お店の名前は、The BRAMLEY ROOMSに変わったようです。)

さて、父親のディミトリオスは、ギリシアの民族舞踊と食堂の2つをかけあわせて店の名前(「シルターキ タヴェルナ」)にしていますが、この2つのものを組み合わせて名前をつけるやり方は、今回BGTに出るためにつけた自分のダンスチームの名前スタブロス・フラットリー(Stavros Flatley)の場合も同じだということに、私は気づきました。

ディミトリオスは、キプロス島の出身で、彼のお腹にはキプロス(CYPRUS)の文字と国旗の入れ墨があります。そして、チーム名であるスタブロス(Stavros)はこのキプロス島にある地名だということがわかりました。

さらに、スタブロス・フラットリー(Stavros Flatley)のフラットリーですが、これは、マイケル・フラットリー(Micheal Flatley)(ここも音が出ます)から取ったようです。ちなみに、マイケル・フラットリーは、「ロード・オブ・ザ・ダンス」というDVDを出している、たいへん有名なリバーダンスの振り付け師兼ダンサーです。

というわけで、この親子は、予選やファイナルのダンスで、このマイケル・フラットリーのダンスをもじり、それをコミカルなバージョンに改変して演じていたというわけです。

ディミトリオスはキプロス島のスタブロスの出身なのでしょうか。ここはちょっとわかりませんが、おそらくスタブロス・フラットリーとは、「キプロス島スタブロスの(マイケル)フラットリー」という意味だと思われます。

それから、スタブロス・フラットリー親子が、予選やファイナルでかぶっている金髪のカツラに黒いバンダナ、そしてファイナルの赤いジャケットに黒い革のパンツですが、これは完全にマイケル・フラットリーのパクリ。

YouTubeの映像を見てわかったのですが、本家のマイケル・フラットリーはすごい。でも、もじっている彼らもかなりすごい。マイケル・フラットリーのダンスを知っていると、彼らがいかに面白いかがよくわかります。

彼らはセミ・ファイナルでは、マイケル・フラットリーのダンスを離れて、故郷のギリシア方面のダンスを踊っていました。このダンス、実は映画『その男ゾルバ』の中のエンディングのダンスシーンのパロディーなのです。音楽は、現代ギリシアを代表する音楽家・ミキス・テオドラキス(音楽が流れます)のものです。(この映画の中のダンスは、YouTubeで「Zorba The Greek」と入力すれば見られます。)

さて、映画『その男ゾルバ(Zorba The Greek)』の原作者は、クレタ島出身のニコス・カザンザキスです。そして元になった本の原題は「アレクシス・ゾルバスの生活と行状」です。しかし邦訳では映画のタイトルと同じ『その男ゾルバ』という題で出版されています。

ニコス・カザンザキスは、マーティン・スコセッシ監督の『最後の誘惑(The Last Temptation of Christ)』の原作者としても有名です。カザンザキスの作風と出身地を重ね合わせると、文化論的にもかなり面白いのではないかと思いました。

 

スタブロス・フラットリーの父親ディミトリオスは、背中に「DANCE? DID YOU SAY DANCE? 」「CMON MY BOY!」という入れ墨を入れています。これは『その男ゾルバ』のダンスシーンで使われている言葉です。ネクタイをした男の入れ墨も、この映画に登場している俳優・アンソニー・クインの姿。ディミトリオスは相当この映画が好きなようです。

アンソニー・クインと言えば、フェデリコ・フェリーニ監督の『道』の主人公・大道芸人ザンパノの名演が光ります。ディミトリオスの風貌が、どことなく『道』の主人公に似ていると思うのは私だけでしょうか。

ところで、彼が生まれた頃、キプロスは政治的に大きな曲がり角を迎えていました。確たる事は分かりませんが、ディミトリオスは、そのような時代の中、キプロス島のスタブロスからイギリスに、家族と一緒に渡ってきたのでしょうか。

自分の故国の料理をイギリス人に食べさせる店を開き、お腹に自分の故国の入れ墨を彫り、そして、息子とともにBGTに出て、セミ・ファイナルで故国のダンスを、予選とファイナルでキリスト教以前のケルト音楽をモチーフとするマイケル・フラットリーのダンスを踊っている。

彼らのダンスの中に、ケルト文化とキプロス文化の融和を読み取ってみると、彼の個人史から政治史や文化史が垣間見えて来るようです。

(なお、上記の記事は、6月4日付けのThe Sun、6月1日付けのTelegraph、6月4日付けのEnfield Independent、森安達也「カザンザキスの人と文学」『その男ゾルバ』(恒文社1987[第4版])所収、ウィキペディアなどを参考にしています。)

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