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2009/11/04

クロード・レヴィ=ストロース氏の訃報に接して

文化人類学者クロード・レヴィ=ストロース氏が亡くなられました。享年100歳。

レヴィ=ストロースといえば、私がそれまでの専門を変えて、修士課程で新しく神話学を勉強しようと思った、まさにそのきっかけを与えてくれたのが彼でした。私は、なによりもまず、構造主義を勉強したいと思ったのです。

さて、どこの大学院に行ったら、レヴィ=ストロースの思想をきちんと勉強することができるのか。

時間をかけて調べていたところ、学習院大学の日本語日本文学科に、留学と研究員での勤務とで合計10年間あまりフランスに滞在された、比較神話学の吉田敦彦先生がおられることを突き止めたのでした。

当時、先生は、日本語日本文学科の授業だけでなく、火曜日3限に仏文科の科目でフランス語の本を講読する授業も担当されていました。その仏文科の授業では、先生は10年以上かけて、レヴィ=ストロースの『Mythologique(邦題:『神話論理』みすず書房)』を読み進められていたのでした。

『神話論理』は、レヴィ=ストロースの主著とされている、たいへん重要な本なのです。現在は、まだ継続中とはいえ、邦訳が出ています。けれども、当時、邦訳は雑誌『みすず』に発表されたごくごく一部のものを除いて、全くありませんでした。

英訳で読むにしても、あまりにも大著(全4巻)。しかも、採集された神話のデータが膨大なので、行論の合間、合間に挿入されている神話の分析の箇所に辿り着くころには、どの神話がどういう内容だったか、すっかり忘れてしまい、充分に理解して最後まで読み終わることがたいへん難しい、なんともやっかいなものでした。

そこで、私は吉田先生が仏文科の学生を対象に行っていた講義に、単位は全く関係なかったのですが、おじゃまして、吉田先生の解説付きの“Mythologique”を毎週読んだのでした。

Mythologiques
←左は当時の講義ノートの表紙です。ノートを開いて、左上には“Mythologique”原文のコピーを一段落ずつ貼り、その下に邦訳をつけていきました。

この授業に参加して、なるほどと思ったことがいくつもありましたが、とくにここで記したいのは、レヴィ=ストロースが本のタイトル(と装丁)にたいへん凝っていたということです。

“Mythologique” という本でいうなら、Mythologiqueは、mythe(神話)とlogique(論理)が合わさっています。邦題の『神話論理』もそういう解釈でつけられているわけです。

ところが、その一方で、“Mythologique”は、「神話の、伝説の」という意味の形容詞でもある。つまり、レヴィ=ストロースは、(1)「神話論理」という意味と、(2)「神話的なるもの」という意味の2つをかけあわせて、タイトルにしている、ということを知ったのです。

(ちなみに、吉田先生ご自身は、(2)の方の意味を重視して、『神話論』の方が内容に合っているのではないかと、授業の中でお話しされていました。)

よく考えてみれば、このような凝ったかけあわせは、“Mythologique”だけではありませんでした。たとえば、たいへん有名な“La Pensée Sauvage(邦題:『野生の思考』みすず書房)”という本の場合、表紙にはパンジー(三色スミレ)の絵が描かれています。

タイトルのパンセ(pensée)には、「思考」という意味の他に、「パンジー(三色スミレ)」という意味もあるのです。ですから、表紙の絵が野生のパンジーになっているというわけです。

このレヴィ=ストロースの懲りようと美意識を感じるにつれて、「うわー、レヴィ=ストロースの著作を読むというのは、こちらの教養を総動員しなければならない、総動員してもまだ足りず、完全に理解することはできないかもしれない、本当にたいへんな作業なのだなあ」とつくづく感じ入ったのでした。

ちなみに、悪戦苦闘しながら、少しずつレヴィ=ストロースを読み進めるにつれて、レヴィ=ストロース読解に必要なのは、上記以外にもあることに気づきました。たとえば、それは数学的な論理能力であり、なおかつ構造という視点を自分のものとすることができるかどうかということなど。

いずれにせよ、「レヴィ=ストロースの構造主義なんて、もう古い。二項対立の時代は終わった」では片付けられないものを含んでいると思われるのです。

今では、私はレヴィ=ストロースの考え方に全面的に賛同できないところもあり、拙著『クソマルの神話学』(青土社)の中で、そのことを書いたりもしています。ですが、彼が何十年に一人、もしかすると百年に一人、出るか出ないかの大学者であることに疑いの余地はありません。

クロード・レヴィ=ストロース氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

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