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2010年4月の2件の記事

2010/04/24

ウィキペディアに載りました

今日、ある知人から、私のことがウィキペディアに載ってるよ、とのお知らせをもらいました。

「えー?」と思って見てみると、確かにウィキペディアに私のページがありました。これまでなかったのに、有り難くもどなたかが書いてくださったようです。

(「自分で書いたのでは?」と心中で突っ込みを入れておられる方へ。正真正銘、本当に本当、私自身が書いたのではありませぬ。)

ウィキペディアは私自身もよく参照するのですが、いったいどういう方がここに書き込んでおられるのでしょう?? 私のことを書くだけでも、ある程度は調べてから書くわけですから、けっこうな時間を要しているはずです。

ウィキペディアは不正確だとか、執筆者がわからないので信用に足らないとか、いろいろと問題点が指摘されていますが、みんなで自分の知っている知識を出し合って、体系的な辞書をつくりあげようとしている姿勢は、あのOED(Oxford English Dictionary、 オックスフォード英語辞典)を彷彿とさせます。

では、OEDはどんなふうにして出来上がったのかというと、これについて渡部昇一氏が書いていますので、少々長いですが、その一部をご紹介したいと思います。

OEDという辞典の特色は、各単語のいろいろな意味が、いつ、どのように用いられたかを、実際の用例をもって示し、しかもその用例がのっている文献が最初に出版された年代もついていることである。

もちろんこのようなことは、小数(ママ)の編集者にできることではなく、千数百人という、イギリス内外の学者や読書人が、無償で用例文を供給してできあがったのである。

このように用例を見つけて送ってくれる人を「読み手(リーダー)」といっているのであるが、OEDが最初に完成したとき(1928年=昭和3年)、こうしたリーダーが送ってくれた用例文は、その中に約二百万も使われていた。

このような奉仕的な、勤勉な、学問のあるリーダーはどういう人たちだったかというと、田舎の牧師が多かったという。

そういう牧師はオックスフォードかケンブリッジの卒業生である。生活の心配はない。余暇があり、勉強好きである。しかも奉仕精神に富む、といったようなわけで、OEDという、イギリスが世界に誇る大辞典は、牧師という知識階級に負うところがはなはだ多かった。ただしこれは昭和初年までの話である。

第二次大戦後に本格的な補遺を作るにあたって、リーダーには女性が急増した(中略)。一人で25万以上の例文を送った女性が二人もいるのだ。

つまりOEDという仕事に関する限り、かつての牧師の位置を女性が占めるようになった、ということである。(以上、渡部昇一『続 知的生活の方法』講談社現代新書、1979年、p179-180。適宜行替えを行った。)

OEDのリーダーに女性が増えたということから、渡部氏は知的生活における女性の地位の向上を見るわけです。とするならば、ウィキペディアの執筆者を見ると、現代日本の知的生活者の層が理解できるということになるのかもしれません。

2010/04/17

『分別される生命 二〇世紀社会の医療戦略』

4月に入ってから、3月までの静けさが噓のような慌ただしさ。

研究の分担者として名前を連ねたりしている科学研究費がめでたくいくつか当たって、その書類作りに従事したり。

新年度の授業の準備に意外に手こずったり。

Seimei_3 ということで、アップがだいぶ遅れてしまいましたが、生物学史研究会に2月に参加した折に話をさせていただいた慶應義塾大学の鈴木晃仁先生より、編著書『分別される生命 二〇世紀社会の医療戦略』(法政大学出版局)をお送りいただきました。

私は医療史はまったくの門外漢で、学部時代に、疾病地理学の講義を受講したぐらいで、医療史というと、ミシェル・フーコーの『臨床医学の誕生』や、映画『アマデウス』『カリガリ博士』『カッコーの巣の上で』等の中で描かれている精神病院の様子などを想起するくらいのものだったので、この本はたいへん勉強になりました。

今回いただいたご本を読み、振り返って考えてみると、「医療行為」というものは、今まで見過ごしてきたけれども、なかなか興味深い対象だということに気づいたのです。

日本神話、たとえば『日本書紀』には、地上である葦原中国(あしはらのなかつくに)の国作りをする、オホクニヌシとスクナヒコナという大小のデコボコ・コンビの神々が、人間と家畜のために病気を治療する方法を定めたと書いてあるのですね。

つまり病気への対処、現代でいうところの「健康」の問題というのは、古い時代から扱われているわけで、ある意味で普遍的なテーマだと言えます。しかも、「国作り」と関係する!

医療と「国」の問題は古くからあり、しかも密接な関連を持っているということなのかもしれません。

ところで、本の画像をクリックして拡大するとわかりますが、表紙の絵がなかなか面白いのです。これは、ロンドンで発行されていた週刊誌の特派員が、神戸のコレラ流行の模様を描いたものだそうです。貴重な資料だと思いますので、是非とも御覧ください。

また、鈴木晃仁先生はブログも書かれています。ほぼ毎日、読書日記等を精力的に更新されていて、私の日々のひそかな励みになっております。ご興味のある方はこちらからどうぞ。

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