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2010年12月の4件の記事

2010/12/24

祝! 大隅書店、創業

かねてから親しくしているフリー編集者の大隅直人(おおすみ なおと)さんが、このたび、めでたく大隅書店を創業され、代表に就任されました!

数年前から、創業について、お話をうかがっていたのですが、ご苦労の甲斐あってのご創業、本当におめでとうございます

ところで、大隅書店は、通常の出版だけでなく、私家版の書籍出版や自費出版の相談などにものってくださるそうです。以前、執筆者を捜しているとおっしゃっていました。

ご興味のある方は、是非一度、大隅さんに相談されてはいかがでしょうか。

大隅書店のホームページは、こちら。興味のある方は是非一度クリックされてみてください。

2010/12/16

ロールズ『正義論』刊行記念シンポジウムのお知らせ

Photo 以前、当ブログで御紹介いたしましたジョン・ロールズ著『正義論』の刊行記念シンポジウム。詳細のチラシをいただいただいたので、お知らせいたします。

日時は、2011年2月4日(金)15:00-18:30

場所は、東京大学医学部教育研究棟14F鉄門記念講堂(通称 鉄門)

パネリストは、井上達夫氏、大沢真理氏、盛山和夫氏、森政稔氏に加えて、翻訳者の川本隆史氏。

司会は、ロールズ『正義論』を共訳しているCOE特任研究員の福間聡氏です。

シンポジウムについての情報は、後日、東大生協書籍部のホームページにも掲載されるそうです。

ちなみに、このシンポジウムの主催は東大生協書籍部なので、上記のチラシの本代の個所が生協で購入した場合の値段になっております。一般書店で購入される 場合は、定価です。この点、ご注意下さい。

2010/12/02

国会図書館に本を寄贈した話(下) 『釈氏之易』と今東光と井伏鱒二と

さて、私が国会図書館に寄贈した『釈氏之易』。

著者は紀藤元之助という方で、30ページほどのたいへん薄い本です。けれども、この薄い本の最初の数ページに文学史上、かなり貴重ではないかと思われる記載が、私が思うに、2つありました。

1つは今東光とのつきあいを描いた部分、もう1つは井伏鱒二の小説「吉凶うらなひ」との関連を示唆している部分です。

1つめ。今東光は、小説『お吟さま』で直木賞を受賞し、自伝的小説『悪名』が勝新太郎主演で映画化され大ヒットを記録した作家であり、天台宗の大僧正であり、晩年には参議院議員もつとめた変わり種ですが、彼が『今氏易学史』という本格的な易の歴史の研究書を書いていることはあまり知られていません。

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←こちらは私が持っている『今氏易学史』。今は、古書で、どひゃーっと叫んでしまうほど、値段が高くなっています。

今東光は、文壇で脚光を浴びるまで、たいへん貧乏だったらしいのです、そこで、易でもやれば、占ってもらいたいお客がやってくる。そうしたら、それで生活ができる。そう思って、自分の易を「天台易(てんだいえき)」と名づけ、家の門に「天台易」の看板を掲げていたらしいのです。

ちなみに、『今氏易学史』には、谷崎潤一郎が序文を寄せているのですが、その谷崎によると、佐藤春夫の奥さんが、「今さんの易はなかなかよく中(あた)るので、信者も相当に多い」と言っていたとのこと。

この時代の今東光と紀藤との関係が、国会図書館に寄贈した『釈氏之易』に書かれています。

次に、2つめの井伏鱒二の小説との関連について。

実は、著者の紀藤元之助は、井伏の小説「吉凶うらない」に登場する2人の易者のモデルだったらしいことが、『釈氏之易』に書かれていました。

これを読んだ私は、早速、井伏鱒二の小説「吉凶うらない」を読んでみました。

読んでみると、確かに小説の中に易者が2人登場します。1人は易の大先生、もう1人はその弟子にあたる人物。そして弟子にあたる易者が、どうも『釈氏之易』の著者であるらしい。

一方、その師匠である易の大家(加納大剛)のモデルは誰だったかというと、『易学大講座』などで有名な加藤大岳なのです。

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←こちらは、私が持っている『易学大講座』の表紙。全部で8巻あります。

要するに、井伏鱒二はかなり易に興味を持っていたらしいことがわかるのですが、井伏鱒二を易の観点から見た研究はされているでしょうか。こちらも、ちょっと気になりました。

2010/12/01

国会図書館に本を寄贈した話(上) 黙って座ればピタリと当たる易者

Photo 最近、国会図書館に本を寄贈するという経験をしました。その本は、昭和56年に非売品で出された『釈氏之易』です。

NACSISで調べてみると、この本は、日本の大学図書館に1冊も入っていないことがわかりました。その後、国会図書館を調べてみると、こちらにも入っていなかったという、まさに珍本中の珍本。

たまたまその珍本が、私の手元に2冊もあったので、この貴重な1冊、何か有益な使い方ができないかなといろいろと迷った挙げ句、誰でも利用することのできる国会図書館に寄贈しようと思い立ったわけです。国会図書館からは、お礼状をいただきました!

ところで、こんな珍本を、なぜ私が2冊も持っていたかというと、ある易者の先生からいただいたからなのです。

その易者の名前は、綾小路蘭堂(あやこうじ らんどう)。「黙って座ればピタリと当たる(=先生の前に黙って座っているだけで、先生はピタリと当ててしまう)」と評判の、五行易(ごぎょうえき)の易者さんでした。

先生の顧客の一人には、女優の高峰三枝子さんがいて、その昔、先生が若い頃、高峰さんは先生をずっとそばに置いて、占いをしてもらっていたそうです。マージャン仲間でもあったとのこと。

さて、私自身も、先生の易はよく当たると実感したことがあります。

大学生だった頃、私が、綾小路先生が仕事場にされていた錦糸町のアパートの一室に伺うと、先生は、私について、いろいろなことを占った時、「あなたの身のまわりの人に、何かの移動がありますよ。たとえば、お父さんの転勤とか。今から2、3年後くらいに」とおっしゃったのです。

私はそれを聞いて驚き、「いいえ。確かに昔は父に転勤の話があったそうですが、その時、断ってしまいましたので、今はもう転勤の可能性はないと思うのですが」などと否定しました。

ところが、それからきっちり2年後、私の父が、本当に東京本社に転勤になったので、私は心の底から、「綾小路先生はすごすぎる〜」と感じ入ったのでした。

では、なぜ先生の易がよく当たったのか。私が見るところ、綾小路先生の目を見張る勉強量と知識量に、その因の1つがあったのではないかと思うのです。

仕事場には、易に関する学者顔負けの大量の書物と、1つが5cmくらいの厚さのB5の布張りのバインダーが数十冊、ぎっちりと本棚に並んでいました。

そのバインダーの中には、手書きのルーズリーフがこれまたぎっちりと閉じられていました。そこには、どうも、過去に先生が占った易の卦(け)と、その解釈がひとつひとつまとめられていたようで、ある事柄を占うと、先生はそのバインダーの一つを取り出してきて、広げ、そこに書かれた事柄を見ながら、この易の解釈はこうだと説明してくださるのです。

先生の易にいつも感服していた私は、数年前のことですが、綾小路先生の単著を出せないかと画策したことがありました。先生の長年の成果を是非公にしてほしかった、みんなに知ってもらいたかったのです。けれども、残念なことに、結局、うまくいきませんでした。

このように過去形で書いていることからおわかりのように、綾小路先生は、出版の企画が頓挫してから間もなく、亡くなられてしまったのです。

先生には風来坊の気質があり、電話しても何日もつかまらない、なんてことはしょっちゅう。加えて、私は最近お会いしていなかったので、亡くなられたことにずーっと気づきませんでした。おそらく、すぐに気づいたお客さんは、少ないのではないかと思われます。

ですが、この市井で一生を終えた、もう二度と会えないだろうと思われる易者からいただいた貴重な書物だけは、なんとか後世に残したい。できれば、綾小路先生みたいな易者さんも利用できるようなところに寄贈したい。

そう考えて、私は綾小路先生からいただいた珍本を、国会図書館におさめたのでした。

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