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2010/12/01

国会図書館に本を寄贈した話(上) 黙って座ればピタリと当たる易者

Photo 最近、国会図書館に本を寄贈するという経験をしました。その本は、昭和56年に非売品で出された『釈氏之易』です。

NACSISで調べてみると、この本は、日本の大学図書館に1冊も入っていないことがわかりました。その後、国会図書館を調べてみると、こちらにも入っていなかったという、まさに珍本中の珍本。

たまたまその珍本が、私の手元に2冊もあったので、この貴重な1冊、何か有益な使い方ができないかなといろいろと迷った挙げ句、誰でも利用することのできる国会図書館に寄贈しようと思い立ったわけです。国会図書館からは、お礼状をいただきました!

ところで、こんな珍本を、なぜ私が2冊も持っていたかというと、ある易者の先生からいただいたからなのです。

その易者の名前は、綾小路蘭堂(あやこうじ らんどう)。「黙って座ればピタリと当たる(=先生の前に黙って座っているだけで、先生はピタリと当ててしまう)」と評判の、五行易(ごぎょうえき)の易者さんでした。

先生の顧客の一人には、女優の高峰三枝子さんがいて、その昔、先生が若い頃、高峰さんは先生をずっとそばに置いて、占いをしてもらっていたそうです。マージャン仲間でもあったとのこと。

さて、私自身も、先生の易はよく当たると実感したことがあります。

大学生だった頃、私が、綾小路先生が仕事場にされていた錦糸町のアパートの一室に伺うと、先生は、私について、いろいろなことを占った時、「あなたの身のまわりの人に、何かの移動がありますよ。たとえば、お父さんの転勤とか。今から2、3年後くらいに」とおっしゃったのです。

私はそれを聞いて驚き、「いいえ。確かに昔は父に転勤の話があったそうですが、その時、断ってしまいましたので、今はもう転勤の可能性はないと思うのですが」などと否定しました。

ところが、それからきっちり2年後、私の父が、本当に東京本社に転勤になったので、私は心の底から、「綾小路先生はすごすぎる〜」と感じ入ったのでした。

では、なぜ先生の易がよく当たったのか。私が見るところ、綾小路先生の目を見張る勉強量と知識量に、その因の1つがあったのではないかと思うのです。

仕事場には、易に関する学者顔負けの大量の書物と、1つが5cmくらいの厚さのB5の布張りのバインダーが数十冊、ぎっちりと本棚に並んでいました。

そのバインダーの中には、手書きのルーズリーフがこれまたぎっちりと閉じられていました。そこには、どうも、過去に先生が占った易の卦(け)と、その解釈がひとつひとつまとめられていたようで、ある事柄を占うと、先生はそのバインダーの一つを取り出してきて、広げ、そこに書かれた事柄を見ながら、この易の解釈はこうだと説明してくださるのです。

先生の易にいつも感服していた私は、数年前のことですが、綾小路先生の単著を出せないかと画策したことがありました。先生の長年の成果を是非公にしてほしかった、みんなに知ってもらいたかったのです。けれども、残念なことに、結局、うまくいきませんでした。

このように過去形で書いていることからおわかりのように、綾小路先生は、出版の企画が頓挫してから間もなく、亡くなられてしまったのです。

先生には風来坊の気質があり、電話しても何日もつかまらない、なんてことはしょっちゅう。加えて、私は最近お会いしていなかったので、亡くなられたことにずーっと気づきませんでした。おそらく、すぐに気づいたお客さんは、少ないのではないかと思われます。

ですが、この市井で一生を終えた、もう二度と会えないだろうと思われる易者からいただいた貴重な書物だけは、なんとか後世に残したい。できれば、綾小路先生みたいな易者さんも利用できるようなところに寄贈したい。

そう考えて、私は綾小路先生からいただいた珍本を、国会図書館におさめたのでした。

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