« わたしの道具箱 文献事典補遺 | トップページ | わたしの道具箱 谷沢永一『紙つぶて 自作自注最終版』 »

2011/04/20

死してなお二枚目、西郷信綱

Photo 故・西郷信綱先生の奥様みち子夫人より、西郷先生の蔵書目録をお送りいただきました(非売品です)。

今回の蔵書目録は、和書でなく、1500冊以上の「洋書」。ざーっとですが、最初から最後まで目を通してみると、さすが西郷先生。国文学者で、これだけの洋書の蔵書目録ができる人はそういないと思われる程のものでした。

西郷先生は斎藤茂吉の歌に心打たれて国文学に転身されるのですが、もともとは東京帝国大学で英文学を専攻していらしたし、後にロンドン大学で教鞭をとっておられたし、著書の中で何冊も洋書が挙げられていたりしたので、洋書は自在に読める方だと認識はしていたのです。

しかし、この目録からわかるのは、単に読めるとか、必要に応じて洋書を買っていたとか、そういうものでなく、かなり意図的に洋書を収集していたらしい、ということでした。

この目録作りを担当されたのは青木忠洋氏とのことですが、青木氏は、西郷先生がまだ御元気だった頃にすでに着手されていたとのこと。先生が使用中の本もあったことから、書籍のタイトルページを写真に撮り、それをもとに目録を作成したといいます。

時折、写真に不備があったり、現物がなくなっていたり、というさまざまな困難があったようですが、苦労の末に青木氏が分類したところによれば、西郷先生の洋書はだいたい以下のような構成になっていたとのことです。

1 文学
  1-1 文学論、文学批評、方法論、各ジャンル
  1-2 イギリス文学
  1-3 その他の国の文学
2 神話・神話学
3 記号学・記号論、言語学
4 文化人類学(社会人類学・人類学・民俗学・民族学)
5 哲学・思想
  5-1 現象学関連
  5-2  その他の哲学・思想
6 心理学、精神分析学、精神医学
7 宗教・宗教学
8 歴史・歴史学
9 社会科学(政治・政治学、社会学、社会思想ほか)
10  芸術・美学
11  その他

この順番で目録を見てみると、たとえば、1-1の「文学論、文学批評、方法論、各ジャンル」の分野では、ハロルド・ブルーム、ケネス・バーク、テリー・イーグルトン、ノースロップ・フライ、フレデリック・ジェイムソン、レイモンド・ウィリアムズといった人々の本を、まとめて収集していたことがわかります。

目録の解説者である小馬徹氏によれば、文学関係の書籍が全体の37%、人類学・記号論・言語学関連の書籍が23%、さらには哲学では現象学を「自家薬籠中のもの」にすべく収集していたとのことですが、私がとくに着目したのは、現象学以外の哲学の箇所。

ジャック・デリダ、ミシェル・フーコー、ガダマー、ハイデガー、カッシーラー、レヴィナス、ラヴジョイ、ホワイトヘッド、リオタール、ポランニー、ポパー、リチャード・ローティ、ラッセル、ギルバート・ライル、エイヤー、といった人々の本はリストに載っていたのですが、ウィトゲンシュタインがどうも見あたらないのです。

ですが、社会科学の箇所を見ると、ピーター・ウィンチの“The idea of a social science and its relation to philosophy”(邦題『社会科学の理念 ウィトゲンシュタイン哲学と社会研究』新曜社刊)は載っていました。この本は、ウィトゲンシュタインを社会科学の分野に応用した古典的な研究なのです。

ウィトゲンシュタイン自身の書籍がないのは不思議で、少し意外な気がしました。

生前は時には本の置き場が変わっていたり、人に貸したりすることもあって、目録からだいぶ漏れている本があるとのことなので、ウィトゲンシュタインも漏れている可能性もありますが、西郷先生のご関心について考える際に、ここはポイントになるかもしれません。

ちなみに、奥様が書かれている「あとがき」には、ご自宅でいくつかの私的な研究会が開かれ、これらの蔵書を読んでいたとのこと。

私がとくに印象深かったのは、たとえば、日本民謡とルカーチ、グレヴィッチと新猿楽記、といった、洋書と和書を組み合わせで進められた研究会もあったという箇所。

それから、西郷先生がある人への書簡に記されたという次の言葉。「困難はそしてただ一つ大事なことは、日本という特殊な場からいかにして普遍につながるものを生み出すかという点にかかっている」。

これらは、まさに西郷先生が「二本足」の学者であったことを示すものだと思います。学者として、死してなお二枚目であり続けていると言えるでしょう。

蔵書目録と言えば、2006年に国書刊行会から『書物の宇宙誌―澁澤龍彦蔵書目録』が刊行され、この本が山口昌男先生のご自宅に届けられた時、私はちょうどその場にいて、先生が包みをばりばりと開けて、中から本を取り出すところを見ておりました。

それが澁澤の蔵書目録だとわかったので、私は山口先生に『先生も、蔵書目録を作られた方がいいですよ。刊行されたら、私、買います。たぶん他のみんなも欲しがると思います』と進言したのです。

山口先生はかなりその気になった(と私には思われた)のですが、大量というには、あまりにもすさまじい量の書籍の目録作りができる人材がいないとのことで、結局ダメになってしまいました。すごーく残念。

このことを考えるにつけ、西郷先生の蔵書目録作りは、とてつもなく、たいへんな作業だったと推察できます。たいへん貴重なものをお送りいただきました。本当にありがとうございました。

« わたしの道具箱 文献事典補遺 | トップページ | わたしの道具箱 谷沢永一『紙つぶて 自作自注最終版』 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Amazon

無料ブログはココログ