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2011/05/18

谷沢永一と山口昌男、雑感

2011年4月27日の記事で、谷沢永一の『遊星群』を、山口昌男先生が中身も見ずに購入していたというエピソードを書きました。今日はこれに関連したことを書いてみようと思います。

実は、このお二人、過去に数回対談しているのです。

2001年に出された『はみ出しの文法 敗者学をめぐって』(平凡社)では、山野博史氏を司会に迎えて、『高見順日記』『断腸亭日乗』『学海日録』『墨水別墅雑録(ぼくすいべっしょざつろく)』『渋沢栄一の日記』(登場順)といった、知る人ぞ知る「面白日記」について盛りあがっています。これを読むと、いずれ劣らぬ、がっぷり四つの戦いが観戦できて非常に面白い。

(というよりも、今でいうところの「オタク(失礼!)」が口角泡を飛ばして、「この日記はどうよ」、「あの日記はどうよ」と、時間を忘れて語り合っていると表現した方が正しいかもしれませんが、いずれにせよ、知識量と記憶力には、すさまじいものがあります。)

しかし、私がとくに忘れられないのは、初期の頃の対談です。

Photo_2 この対談は、1987年刊行の『知のルビコンを超えて 山口昌男対談集』(人文書院)に収録されていますが、対談自体はその3年前の1984年に行われています。

何が忘れられないかというと、その対談の冒頭の谷沢永一の発言に、私は非常に驚いたというか、意外の感に打たれたからです。

名著『紙つぶて』のオビの文言の締めくくりに「向かうところ敵なし」の言葉が使われるほど、辛口で有名な谷沢が、山口昌男の本の蒐集力と読書量に対して、「とても山口さんには並べて貰えません(笑)」と、自分を卑下するような発言をしていたからです。そして、この後、二人は次のような会話を続けるのです。

谷沢:(前略)山口さんの「本の神話学」が『中央公論』に連載されはじめた時、ユニークな発想に感銘して、仲間の向井敏君と……。

山口:(中略)お二人にほめて頂きましたね。あの時は、ガンファイターはガンファイターのガンさばきを見抜いてくれたか(笑)と愉快でした。

谷沢:ガンマンとして張り合う気は、とてもありませんでしたがね(笑)。

要するに、あの谷沢永一が対談の冒頭1行目から9行目までの間に、2回も卑下しているのですね。そんなことにびっくりするくらい、谷沢永一という人は私には「恐ろしく毒舌」といった印象があったということです。

Photo ところで、谷沢永一の発言の中に出てくる『本の神話学』(岩波現代文庫など)。

学生の頃、私は、この本に何が書いてあるのか、何を問題としているのか、よくわからず、手を出しかねていたのですが、実のところ、非常に面白く、知的刺激にあふれている名著だということを、最近初めて、この本を最初から最後まで通読することによって再確認しました。

『本の神話学』は、書き手の力量がはるか彼方にあるため、逆にそれが読者に見えなくなっている本、読み手の力量が逆に問われている本、読み手次第でその相貌を買える本であると感じた次第です。

それと、もう一点、通読してみて興味深かったのは、ところどころで、「あ!あの人、この本から自分の著作のアイディアをもらったんじゃないかな?」と思う箇所に出会ったこと。

具体的な名前は出しませんが、すでに亡くなった人も含めて、現代の日本の学者・評論家の中でも、とくにビッグネームと思われる人が、7、8人ほど頭に浮かびました。それくらい当時、影響を与えた本だったということでしょう。

ちなみに、谷沢永一の『紙つぶて』の中で、『本の神話学』は次のように評価されています。

猛然たる食欲をかきたてて読書領域の拡大へ誘う魅惑的な語り口こそ、水先案内人たる読書論の真骨頂であるならば、山口昌男が『本の神話学』(中公文庫)に盛りあげた絢爛たるペダントリーは、明治以来おそらく最高級の饗宴招待状ではなかろうか。

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