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2011年6月の4件の記事

2011/06/22

今、読んでいる本について

今日はちょっと、だらだらとした話を。

ここのところ、しつっこい風邪をひいています。今回のは、私がこれまで持っていた、一週間くらいですぐ治るという風邪の観念をひっくりかえし、なんと1ヶ月以上もの間、頭痛、咳、痰、腰痛、そして、今も続く咳に悩まされるはめに。。。私のまわりもみんな同じ症状のようです。

しかし、そんな時でも、いろいろと読まなければならない本があります。

今月上旬までは、ある書評の関係で、レヴィ=ストロース関連の本を集中的に読んでいました。今は別の書評の関係で、フロイトとか、エンゲルスの『フォイエルバッハ論』 などを眺めています。

発見!という感じだったのは、『フォイエルバッハ論』。

たとえば、『フォイエルバッハ論』(岩波文庫)の脚注に、私の興味をひく、次のような記述がありました。

今日でもなお、野蛮人および低段階の未開人のあいだでは、夢にあらわれる人間の姿は、一時肉体からはなれた魂であるという考えが一般におこなわれている。したがって現実の人間は、その夢にあらわれた姿が夢をみる人にたいしておこなった行為にたいしても責任があると考えられている。たとえばイムサーン(Imthurn)は1884年にギアナのインディアンのあいだにこうしたことがおこなわれているのを発見した。

「はて、「イムサーン」とは誰?」と思ったので、今度は、国民文庫版の『フォイエルバッハ論』を参照したところ、訳注にこう書いてありました。

エンゲルスがここでふれているのは、おそらく、1883年にロンドンで刊行されたエヴラード・ファーデ・イム・サーンの著書『ギアナのインディアンのあいだで暮らして。英領ギアナ奥地にかんする主として人類学的なスケッチ』のことと思われる。

そこで、まずイム・サーンの著書を確認したところ、原著のタイトルは次のものであることがわかりました。

Everard F. Im Thurn, “Among the Indians of Guiana : being sketches chiefly anthropologic from the interior of British Guiana”

 で、早速、この本を図書館で探したところ、ありました。

Rimg0016_4
1883年に出版された本だけあって、ぼろっとしているところもあります。が、中のカラー図版は意外にキレイ。

A_macusi_indian_4

Photo_5
             この鳥はムクドリモドキだと思われます。

 

ところで、本来の目的のエンゲルスが読んだとおぼしき箇所ですが、読んでみると、たしかに、エンゲルスの要約のようなことが書いてありました。 

こういう作業はばかばかしいように見えて、案外、知的興奮を感じたりするから不思議です。

2011/06/15

ついに、ここまで。。格安地下シェルター誕生

CNNの記事を見ていたら、面白いものを発見!

アメリカのビボス社が、数年前、「巨大火山が噴火しても、隕石が落ちてきても、あなたの命、これで守ります!」をうたい文句に、約200万円からの豪華地下シェルターを作って話題になったそうです。

最近、このエコノミー版が80万円で出され、東日本大震災の影響もあって、すごい人気だとか。

どんなものなのか興味があったので、早速、ビボス社のホームページに飛んでみました。

確かに80万円の割には豪華です。

しかし、これで本当に隕石墜落や太陽フレアの衝撃に耐えられるのか!? 

そんな疑問が胸をよぎりましたが、何より、日本がマンガやアニメで構想していることを、アメリカは(実写化も含めて)実際にやってしまうところが恐ろしいです。

ニコラス・ケイジ主演の、太陽フレアが描かれている映画『ノウイング』を思い出しました。

ビボス社のホームページはこちらです。ビボス社のページは、飛ぶとすぐに、映像と音声が流れますので、お気をつけください。

それから、最後に『ノウイング』の予告映像もどうぞ。

2011/06/08

わたしの道具箱 『日本人名大事典』

Rimg0016 今回の「わたしの道具箱」で紹介するのは、『日本人名大事典』(全7巻、平凡社)。

この事典の存在を知ったのは、実は、平凡社のある編集者の方からの一通のメールがきっかけでした。

それは、どういう内容のメールだったかというと、

「この度、平凡社から『日本人名大事典』が覆刻される。この事典については、かつて山口昌男先生が著書の中で誉めていた。そこで、今回の覆刻にあたって、先生から推薦文を頂戴したいので仲立ちしてほしい」

というものでした。

そこで、早速この件を山口先生にお知らせし、この事典が刊行された時のパンフレットに、めでたく山口先生の推薦文が載ったという次第なのですが、私の目を惹いたのはその推薦文の次の箇所。

人名事典といえば、似たような活字を押し込めて、役職など、これまた似たような内容を詰め込んだ文章を並べ立てたものと、一般には考えがちで、利用目的などが限られているようにみえる。

ところが、この『日本人名大事典』は全く違う。私にとってこの事典は、人物をとおして世界の動きや時代の移り変わりを知り、ひとつの物語にはまって出口を見失うほどの面白い読み物なのである。

35年前に、私(=山口昌男)は『日本人名大事典』の前身である、昭和13年発行の『新撰大人名辞典』を北海道旅行中になんと2セットも買い求めている。ひとつは札幌のデパートの古書店で、もうひとつは旭川市で手に入れた。私自身が、どうしても、2セットをそばに置きたいと熱望していたのだ。

なぬ? 山口昌男が2セットも買っただと!

買うか買うまいか、ほんの少しの逡巡がありましたが、あの目利きの山口先生が2セットも買ったという事実に押されて、私も結局この『日本人名大事典』を古書店で購入しました。

買ってみると、確かに面白い!

山口先生は推薦文の中で、この事典の「南方熊楠」の項目の中には書かれていて、普通の人名事典には載っていない、熊楠のキューバでの革命軍参加という出来事に注目しています。が、私が興味を覚えたのは、「吉田松陰の母」という項目。

Photo そもそも「吉田松陰の母」を項目立てすること自体、面白いのですが、中身はもっと面白い。左はその前半部分ですが、この続きになんと書いてあるかというと、吉田松陰の母、龍子は仏門に入り、明治15年にはその写真が三條実美によって皇后と皇太后に見せられるほど有名になっており、翌年には羽二重が皇室から贈られ、龍子が84歳で死んだ後には、昭憲皇太后によって追弔されたというのです。

この事典は、神武天皇から昭和13年の嘉納治五郎まで(これだけで面白い)の5万人の記事を記した本巻6巻(覆刻版)と、昭和13年から昭和53年までの6千人の記事を新たに付け加えた増補版1巻の計7巻で構成されています。

「そんなこと、知らんわい」ということを知ることのできる独自の事典。オススメです。

2011/06/01

ヴァールブルク文庫の意味とヴァールブルクの系譜

ヴァールブルク文庫に秘められた文化史的意味。これを考える手がかりは、実は、前回のザクスルの引用文中で、私が中略した部分に書かれてあります。

以下の文章はその中略部分なのですが、この中に、ヴァールブルク文庫の配置に具現化され、カッシーラーが見抜いた「本質的理念」とは何か、ヴァールブルク文庫の配置は従来の本の配置とどこが違っていて、文化史的にどういう意味を持っていたのか、という疑問に対するヒントが書かれています。

ヴァールブルクは、本を並べるのに、哲学の本の隣に占星術、魔術、民俗学の本を置き、芸術の部門を、文学、宗教、哲学の部門と結びつける、という方法をとっていた。

ヴァールブルクにとって哲学研究は、いわゆる原初的精神(プリミティヴ・マインド)の研究と切り離すことのできないものだったし、宗教、文学、芸術における心像の研究とも分かちえないものであった。

こうした考え方が、書棚の一見不規則な本の配列に表われていたのである。

カッシーラーはすぐさまそのことを理解してしまった。

通常は、哲学の隣に占星術や魔術、民俗学の本は配置しないわけです。たとえば、日本十進分類法に従うならば、哲学の隣には存在論や認識論の本、その隣には東洋思想、その隣には西洋思想、その隣に心理学、……と、まるで近い色が少しずつ変化していって、最後には反対色に至るような色見本を見ているかのような配置になります。

ところが、ヴァールブルクは、哲学の隣に、一見すると今日の合理的整理法から乖離しているように映るのですが、占星術、魔術、民俗学といったプリミティヴ・マインドの研究書を置いていた。

これはどういうことかというと、既存の秩序で本を配置することは、「近代」=「西欧」的な思考にもとづいて本を配置しているということであって、もし「近代」以前の文化や思考を真に了解しようと努めるのであるならば、今のような「近代」=「西欧」的な目で知を眺めるような既存の本の配置というものを、根本から変えることが必要となる、ということなのです。

言い換えるならば、「近代」以前・「西欧」以前の、「古代」の思考・「未開」の思考を理解しようとするならば、「古代人」「未開人」が体現している思考秩序にできるかぎり接近するしかないわけです。

Photo_5 おそらく、このように考えたヴァールブルクは、哲学の隣にプリミティブ・マインドの書籍を置き、自身の蔵書を並べ替えることによって、「古代人」や「未開人」の思想・発想を、自身の書斎の中に具現化しようとしたのではないかと思われます。

しかも「本の並べ替え=古代人・未開人の思考の具現化」は、たった一度、配列を変えただけで満足するような性質のものではありませんでした。ヴァールブルクは試行錯誤を繰り返しただけでなく、それはほとんど命をかけた精神的な闘争であったと思えるほど、壮絶なものだったようです。これについて、ザクスルは次のように述べています。

本の配列も不可解なもので、おそらくはワールブルクが倦むことなく本を並べてはまたやり直したあげくの、大変独自な並べ方であったように思う。考えを組み立て、事実の相互関係について新しい着想が湧くたびに、それにふさわしく本を分類し直していったのだろう。(中略)

ワールブルクは生涯、しばしば、混乱し、死にもの狂いになって、精神の表現、その本性、歴史、そしてその相互関係を理解しようと闘ってきた。この闘いは文庫の分類体系を創り出すことで終った(後略)。

(ザクスル(松枝到訳)「ワールブルク文庫の歴史」『思想』1980年9月号)

私は、故・西郷信綱先生が蔵書を時折入れ替えていたというところに、西郷先生も、既存の分類や配列にとらわれなかったヴァールブルクのことが念頭にあったのではないか、もしかすると、西郷先生も、本の配列の変化による新しいテーマのひらめき、新しい発想のひらめきを求めていたり、古代の発想への接近をもくろんでいたのではないか、そんな想像をふくらませたりもしています。

それから、ヴァールブルクと似たような、事物の秩序や配列を問題にしていた人物という点からいえば、たとえば、エピステーメーという論点を設定したミシェル・フーコーの名も思い浮かんできます。渡辺守章氏との対談の中で、フーコーが述べている言葉は示唆的です。

(前略)哲学者は、<見えないもの>を見えるようにするのではなく、<見えているもの>を見えるようにする役割を持っていると思います。つまり、常に人が見ていながらその実態において見えていないもの、あるいは見損なっているものを、ちょっと視点をずらすことによってはっきりと見えるようにする作業なのです。(M.フーコー+渡辺守章『哲学の舞台』朝日出版社)

事物の秩序や配列というものは、すでに存在しているし、私たちはそれを見ながら生活しているわけですが、実のところ、見えているようで見えていないもの、見損なっているものがある。

たとえば、本を並べることによって、人々は知の秩序を構成しているわけですが、そこにどのような秩序が形成されているのかをしっかりと把握してはいない。

そういう時、既存の秩序や配列をほんの少し変え、今までとは異なった視点に立ってみることで、今まで自分たちはどのような秩序のもとに生きていたのかが、明瞭に見えるようになる。こういう仕事をするのは「哲学者」の仕事であると、フーコーは言います。

この意味でいえば、フーコーも、ヴァールブルクも、同じ「哲学者」的な作業を行っているのです。

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