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2011年8月の4件の記事

2011年8月31日 (水)

断裁&スキャン生活、雑感

断裁&スキャン生活が板についてきました。

PDF化したものをざっと数えてみたところ、すでに本だけで500冊以上。これに加えて、コピー保存していた雑誌記事、演劇や美術館等のパンフレット・ちらし・保存していたチケット等も、すでにPDF化していますので、スキャンの取替用パッドユニットは、すでに2本目に突入しました。

しかし、やってみると、案外、書棚の本が少なくなったという気がしません。書棚のところどころに、ぼこっ、ぼこっ、と穴が空いたよう。

小さい書庫ながら、知らない間にどれだけ本が増えていたのか、今更ながら気づいた次第です(蔵書の数を数えたことがなかったのですが、かなりあるような気配)。

ところで、ここのところ、慣れなければと思い、断裁&スキャンでPDF化した書類をパソコンで読むようにしているのですが、これが思った以上に読みやすい。

線も引けるし、コメントも書き込むことができるし、それ以上に、何がよいって、やはり資料を一気に検索できること。

コピー資料や書籍は現物を探すのが一苦労。コピーはいちいち引っ張り出して、タイトルを確認しないといけないし、書籍は、前後に重ねて置いてある場合は前に置いてある本をよける必要があるし、書棚の上に置いてあるものは梯子を登らないといけないし、……。

それがPDFだと、ものすごーく簡単。とにかく、インターネットも含めて、書籍や書類のPDF化は、グーテンベルクの印刷技術以来の革命的出来事という感じが、いまさらながらしています。

そのうち、デジタル教科書も登場するかもしれず、そうなったら、デジタル教科書に慣れ親しんだ子供たちと、慣れていない大人との間で、「書物」の感覚がずれてくるかもしれません。

紙媒体の書籍から電子書籍へのまさに移行期である今、少しずつ電子書籍に慣れておく必要があると、痛切に感じた次第です。

 

2011年8月24日 (水)

わたしの道具箱 『増補改訂 哲学・論理用語辞典』

今回紹介するのは、ちょっと他にはない(と私が考える)ユニークな辞書/事典。そういうテーマならばと、まっさきに考えついたのは、やはりコレ。

Photo
思想の科学研究会編の『増補改訂 哲学・論理用語辞典』(三一書房)。

この辞典の何がユニークか。それをよく表しているのは、1958年6月10日の日付の記載が入った「まえがき」の箇所なのですが、そこには、こう書かれています。

(前略)この辞典には、つぎのような特色をもたせてあります。

1)わかりよいこと。これまでの哲学辞典は、専門家の隠語で書いてありました。だから、すでに哲学を一応知っている人たちが、定義を《たしかめる》のには役立っても、シロウトが、意味を《知る》のにはサッパリ、つまり、辞典としての本来の機能を果たしていませんでした。この辞典では、わかりやすさを第一とし、多くの実例や用例をあげて説明してあります。そして、出来上がった原稿を、高校初年級の人たちに読んでもらい、わかるまで書きなおしました。

2)(以下、略)

へぇ、と思いながら、さらに読み進めていくと、「まえがき」の終わりの方の謝辞の部分に書かれている箇所を読んで、びっくり。そこにはこう書かれています。

また、原稿を読んで、理解度をチェックして下さった、大阪府立淀川工業高等学校定時制生徒、東京都武蔵高校生徒の諸君にも、感謝します。

なるほど。この辞典は当時の高校生が理解できるまでに表現をかみ砕き、何よりも「わかりやすさ」を優先して作られているらしい。

ならば、実際の項目の記載はどうなっているかというと、確かにこの辞典は「わかりやすい」! 「現象学」の項目などを読むと、それは一目瞭然です。

では、この辞書がどれほどわかりやすいかを示すために、まずは『岩波 哲学・思想事典』の「現象学」の項目にどんなふうに書かれているか、記しておきます。

(フッサールによって)『イデーン』期に構想された方法である<現象学的還元>の理論は、まず先哲学的状況にある知の態度である自然的態度から脱却し、隠れて機能している志向性の全関連を主題化する態度に移るための方法的理論である。

というのは自然的態度は、「自然的実践的に経過する人間の全生活の遂行形式」として人間の本性に深く根ざした習性的構えであり、対象への直進性・帰依性・自明性・意識の自己忘却性などの特性を有するために、哲学的なすべての実体化的な解釈がそこから発生してくるからである。

それゆえ現象学的還元の第一歩は、まず自然的態度の根底に働くもっとも根強い習性、すなわち世界の存在への暗黙の確信である一般定立を停止しなけれればならない。

フッサールは、この方法をエポケー(判断停止)の方法とよんでいる。……(以下、略)

うーん、上記のような文章表現は、私が学生の時に「哲学」に対して持っていたイメージそのままです(読んでいると、ボーッとしてきて、うっかりすると寝てしまう……)。

では次に、『哲学・論理用語辞典』の「現象学」の項目、いってみましょう。

フッサールのはじめた、心理的な、哲学上の方法。

心に<思いつくことを、(それが正しいか正しくないか、なぜこんなことを思いつくか、などという問題をぬきにして)、そのまま記していき、こうして得られた資料を分類するという方法>。

つまり、思うままのことを無批判に記述し分析し分類するという方法である。(以下、略)

確かに、わかりやすい! そして、初めて学ぶ時には、こんなふうに理解しておいて、何の問題もないと思うのです。このようなわかりやすさは、この辞書の随所に現れています。

ちなみに、この辞書は初版が1959年若干の改訂を加えた増補改訂版が1975年に出されていて、記述内容に時代的な要素がかなり含まれています。そのため、記述を抜本的に新しくした新版が1995年に出されました。

私はどちらの版も持っていますが、面白いと思うのは、圧倒的に古い方の辞書(つまり、増補改訂版の方)。

たとえば、旧版の方には載っていたのに、新版では削除されてしまった項目があります。一例を挙げると、次のようなものです。

権威【authority】

(前略)権威は大別して二種類に分れる。

(1)《理性的権威》。医者が「ガンです」といえば、シロウトはそのまま信ずる。これは、医者のもつ科学的知識の合理性とその妥当性を、ナットクづくで承認し、その権威を認める結果である。

いわゆる、科学上、理論上のことに関して、ぼくたちシロウトがおカドちがいの部門において行動するときの指針となり、自己の力で思索する代用品の役割をする。

この合理的権威は《理性的な手つづきでその内容をテストできる》という点で、次の(2)と区別される。

(2)《非理性的権威》おえら方の発言や、天皇のオコトバにその内容を考えることなく、無条件にペコンと最敬礼して従うもの。

いわゆる伝統的権威とか、社会通念的権威がこれで、その承認は理性的手つづきによるものではなく、風習、インネンその他、社会的、個人的なモヤモヤとした心情であり、日本のように村落共同体的思考様式(「お互いに日本人ではないか。そうむきにならず仲よくやろう」などにもとづく考え方)が依然として一般的な社会では、この種の権威が非常に多い。《カリスマ的権威》はこの典型。

これは(1)とチガイ、その内容をテストできない。

表現その他に、「思想の科学」特有の考え方が見え隠れし、時代的な状況を反映しているとはいえ、こういう平易な説明はやろうと思っても、なかなかできないなあと、感心してしまう側面があります。

というようなわけで、旧版(増補改訂版)を私は学生に勧めています。興味のある方は御覧になってみて下さい。

2011年8月20日 (土)

次回の……

6月下旬に20年ものの冷房が壊れた結果、引っ越し当初とまではいかないものの、中規模程度の模様替えをするはめになりました。

古い冷房は床にじかに置くタイプのものだったのですが、新しい冷房は壁掛けタイプ。天井近くの壁に設置することになり、古い冷房が置かれていた分のスペースがかなり空きました。

(ちなみに、新しい冷房に変えたら、ものすごーく電気代が安くなりました。去年は最高の酷暑だったので単純比較はできないものの、8,000円から10,000円くらい安いような……? 節電&節約をお考えで、古い冷房をお使いの方は、エコタイプの新しい冷房につけかえることをオススメします!)

この冷房分のスペースが空いたのをきっかけに、抜本的に部屋の配置を変えようと思い立ち、机を移動したり、書棚やプリンタを移動したり、古い書棚の段の幅を変えたり、新しい書棚を購入したり、……という作業を、ここ1ヶ月以上もの間、繰り返しました。

それと同時に、断裁機とスキャナを購入したので、古い書籍と資料をどんどんPDF化する作業も行いました。

この一連の作業を決心したのは、やはり今回の大地震の影響が大きいと思います。今回の地震で書棚から地面に落ちて破損した本があったり、ましてや(私の住んでいるところにその恐れはないものの)大津波が来てみんな流されてしまうかもしれないと思うと、これまでの方法を変化させる必要があるように感じたのです。

そこで、部屋の整理と書籍・資料のPDF化に際して、改めて自分の持っている本を眺め、この中で、どうしても必要なもの、なくてはならないものはどれか、と自分に問いかけてみたところ、「やっぱり原典類とそれらを読み下す時に必要な、良質の辞書/事典の類である」という答えに行き着いたのです。

学生の頃は、辞書といえば、せいぜい国語辞典や漢和辞典、英和辞典等々、受験勉強の時に使ったものしか頭になかったのですが、今は、どういう辞書/事典を使っているかを見るだけで、その人の専門性がわかってしまうほど、その人の知的関心をおのずから示してしまうような重要なアイテムであると思っています。

「わたしの道具箱」のコーナーで紹介する時に、辞書/事典の類が多くなってしまうのは、このような心境の変化というか、考え方の変化があったから、と言っても過言ではありません。

となれば、夏だし(?)、どうせなら、内容的に面白いというか、ユニークなものを紹介することができたら、と思うので、次回の「わたしの道具箱」のテーマは、

「おもしろ辞典/事典」

に(勝手に)決定! 

2011年8月12日 (金)

わたしの道具箱 断裁機

ついに買いました、断裁機。

ちまたでは裁断機と呼ばれておりますが、本当は裁断機でなく断裁機だそうです。

私が購入したのは、サンワの断裁機・ドキュメントカッター。ネット上に出回る他社製品の情報および動画をつきあわせた結果、これがよいかなと思いまして。

さて、裁断機が自宅に到着して、カットラインを示すスイッチを入れるや、まっさきに裁断したのは、すでに品切れとなった自分の本。授業の時に、時々学生に口絵などのコピーを配布する都合で、是非ともPDF化したかったのです。

ドキドキしながら本をカットしてみると、いやはや、とんでもなく簡単に、すぱりと切れるではないですか! 

ちなみに、サンワの断裁機の実演がYouTubeにアップされています。興味のある方は以下を御覧ください。


断裁した自分の本を、以前に当ブログで紹介しましたスキャンスナップでスキャンしました。

こんなふうにして、とにかく、最初の本のPDF化で味を占めた私は、この後、どんどんガンガン、断裁&スキャンのしっぱなし。(これはクセになります!)

で、100冊ほどやってみて、断裁&スキャンに向いている(と思われる)本と、そうでない本があることがわかりました。もちろん、まだ100冊ほどなので、今後、これも断裁&スキャンに向いているという本が出てくるかもしれません。しかし、私の経験がみなさんの参考になるかと思い、一応、現時点での状況を記しておきます。(2017年5月現在、スキャンした本の数は5000冊を超えています。)

私が、断裁&スキャンに向いていると思う本は次の通りです。

(1)過去に読んだことがあり、本の余白にメモなどが残っているが、今となっては読まないだろうと思われる本。だったら、古本屋に売れば、とも思うのだが、メモや傍線を消すのが面倒だったり、何かのきっかけで、その本に言及する可能性があるかもしれないという心配があったりするため、古書店に売ることもできないという本。

(2)通読はよほどのことがない限りあり得ないが、辞書/事典がわりに引く可能性がある叢書・全集の類。(私自身は、このPDF化はまだやっておりませんが、現在計画中です。全集類は今後、全てCD-ROM版で出してくれると検索も便利でありがたいのですけれど、今のところはまだ難しいでしょう)。

(3)(これもまだやっていないけれども)小説やマンガなど。

(4)雑誌。ただし、私が持っているスキャンの機械は、A4までのサイズしか対応しないので、A4より大きい雑誌はA4にカットしなければなりません。それが少々面倒です。

(5)レシピ本の類。料理を作っている最中に、調味料などで本を汚すこともないし、メニューや材料にラインマーカーを引いておくと、検索もできて便利(ただし、このラインマーカーを引く作業がかなり面倒である)。あるいは、ラインマーカーを引かなくても、最初から全文検索可能のPDFを作成することもできます。料理は、PDFをプリントアウトしたのを見て作ってもよし、iPadなどの画面を直接見て作ってもよし。(レシピ本は電子書籍でどんどん出版してもらいたい!)

加えて、公共図書館の本。最近、本を返却する時に、汚したかどうかのチェックが激しいのですが、貸し出しを電子媒体でもおこなえば、本の汚れに対しての心配とチェックの手間は無用となります! 問題は、これが技術的に可能かどうかという点。

次に、断裁&スキャン&PDF化には不向きと思われる本について。

私自身はまだ、PDF化された資料を、パソコンや電子書籍リーダーで読むことに慣れておりません。

慣れてくると、冊子体よりPDF化した資料の方が読みやすいと感じるのかもしれません。いずれにせよ、このような私が、今のところ、PDF化に不向きと思われる本は、次の通り。

(1)本文と脚注が離れている未読の専門書(脚注を読むためだけに、いちいち後ろに行くのは不便なので。不向きなのはあくまでも未読のもので、読んだことがあるものなら、PDF化はOKだと思います。電子書籍の場合は、同一のページに本文と脚注があった方が読みやすい。)

(2)貴重書(断裁した本は、基本的に捨てることになるわけですが、貴重書はそもそも断裁自体が不遜である! 私の場合で言えば、明治初期の本などは、ちょっとできません。この場合は断裁してまとめてスキャンするのではなく、1ページ、1ページを個々別々にスキャンする必要があります。)

ちなみに、気になったので、旧漢字などで書かれた本をPDF化して検索できるかどうか、いきなり断裁せず、コピーを取って実験的にやってみました。その結果、あまり正確にできないことが分かりました。旧漢字で書かれた書物のPDF化はまだまだ先になりそうです。

と、まぁ、私の断裁&スキャン&PDF化の経験は、今のところ、こんな感じでしょうか。

いずれにせよ、書類のPDF化、ならびに電子書籍は、そう遠くない未来に主流となってくるだろうと思います。この変化をどう受け止め、この現実にどう対応すべきなのか、試行錯誤しながら、時折考え込みながら、作業を進めています。

みなさまの参考になれば、うれしいです。

ところで、私は複数の断裁機を購入して、使い勝手を試してみました。

その中で、サンワのドキュメントカッター以外の断裁機で、特におすすめなのは、DURODEX 自炊断裁機ブラック200DXです。

使わないときの断裁機は、ほんとうに大きいので邪魔になります。

床に置いていると足をぶつけそうですし、かといってテーブルの上ではインテリアとしては今ひとつ。

収納のことを考えて、購入をためらっている人もいるかもしれません。

そんな人にピッタリなのが、DURODEX 自炊断裁機ブラック200DX です。

なんといっても、使わないときに、折りたたんで縦置きにして、しまっておけるのが便利。

私の場合は、分厚い書籍の断裁がほとんどなので、この断裁機は今では使用していませんが、資料や厚くない本の断裁の時には大活躍しました。

あまり厚くない雑誌や本の断裁が目的で、その数が数百冊ぐらいなら、これ一台でまにあいます。

※半年ほど使用した後の、サンワのドキュメントカッターの情報を書いておきます。
このサンワの断裁機、どうも電気のスイッチに問題があるようです。最初、購入したばかりの断裁機は、カット位置 を示すライトがついたりつかなかったりしたので、すぐに交換してもらいました。ところが、次に送られてきた製品も、半年ほどの使用で、やはりライトがつかなくなりました。
現在では、パナソニックのペンダントスイッチをつないで使用しております。私の購入したものだけに問題が発生したのかもしれませんが、切れ味が良いだけにちょっと残念な気がします。
※2014年にもう一台同じ断裁機を購入しました。

新しく購入したサンワのドキュメントカッターは、どうやら電気のスイッチが改良されたらしく、2年ほど使っていますが問題がありません。