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2013年3月の9件の記事

2013/03/31

NHKワンセグ番組『ギリシャ伸也』を見たぞ!の巻

すでにご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、初めて監修したテレビ番組『ギリシャ伸也ー大和田伸也のギリシャ神話』、ついに(録画で)見ました〜。

私は、プロテックスの担当の方がつくってくださった構成案を、つっこみ目線で、あちこち訂正を入れるという地味な役回りだったわけですが、できあがったものを見ると、「なるほど、あの文字が映像化されるとこうなるのか」と感心することしきりでした。

すでに、知っている内容ではありますが、やはりゲラゲラ笑ってしまったり……。

しかし、番組の最後に、「ギリシャ神話監修 東ゆみこ」の名前を発見したときには、最初の単著書が手元に届いたときと同じくらい、恥ずかしかったです

めったにない貴重な経験をさせていただきました。今後、NHKどーがステーションで配信される予定とのことです。また新しい情報が入りましたら、お知らせいたします。

2013/03/30

石橋湛山の読書論

最近、日々の生活、時間の使い方をできる限りコントロールしようとがんばっているのですが、そんな矢先、石橋湛山全集を眺めていたら、興味深い記事に出会いました。

ちなみに、石橋湛山(いしばし たんざん)は、早稲田大学の哲学科を首席で卒業。東洋経済新報社に入社し、ジャーナリズムの世界で文章を書いて生活し、のちに内閣総理大臣になった人物です。

彼が面白いのは、「独学」で経済学を学んで大蔵大臣にまでなり、また他人から読書家と呼ばれたほどの人物だったことなのですが、その秘訣が、「私の読書技術」と「電車で学んだ経済学」というタイトルの2つの文章にあらわれています。

この2つに重なっている箇所があるので、私の方で整理してみますと、次のようになります。

①毎日一定の時間を決めて、ある書物を少しずつ読み続けること。難しい専門書も、辞書を引き引き読む英語も、一日1ページと決めてかかれば、一年で365ページを読むことができる。場所は、電車の中などでもよい。

②手当たり次第に何でも読むのではなく、一定の方針を決め、良書のみを選んで、丹念に読む。自分の血肉になるもの以外は読まない。

③外国書は必ず原著で読むこと。

要約すると非常にシンプルになってしまうのですが、湛山の勉強の様子を伝えるために、少々引用してみたいと思います。

私は、大学では哲学を修めたもので、経済学は、その後自分で独習したのである。その手ほどきとして読んだのは、セリグマンのプリンシプルス・オブ・エコノミックスであったが、これはだいたい朝夕通勤する電車の中で読みあげた。電車とか汽車とかは、今日のごとく混雑さえしていなければ、きまった時間だけ読書する私の読書法にはもっとも適当する場所である。経済学の書物も、数は、あんまり読んでいないが、アダム・スミスやリカードーをはじめ、クラシックの物は一とおり、目を通した。それらは、いずれも右の(注:上述した)読書法でやったのである。

当然のことながら、この毎日の読書の他に、石橋湛山は、仕事柄いろいろなものを書く際に必要となる書物の読み方についても記しています。

それはずばり、「全部を読むな。インデックスを使え!」。

つまり、書籍というのは、毎日一定の時間をかけて小量ずつしか読み進めることのできないけれども自分の血肉になる本と、インデックスを用いて必要となる情報を知りさえすれば事足りる本とがあるため、その両者を分けて、差別化を図って読むことが必要だと言っているわけです。


2013/03/20

郵便物もデジタル化:Outbox

アメリカで、郵便物をデジタル化してくれるビジネスが話題になっています。

要するに、郵便受けに入っていたものを、定期的に回収してくれて、デジタル化して、メール等の手段で送付してくれるというサービスです。

これはCNNに出ていたものですが、興味のある方はこちらから飛んで、記事をお読みください。また、そのホームページ(Outbox)はこちら

で、最初、私は「えー? そんなの不要では?」と思ったのですが、よく考えてみると、便利かもしれないと思い直しました。

デジタル化というと、私自身、かなりの書籍を断裁&スキャン&デジタル化しています。

『日本国語大辞典』や諸橋の大漢和、日本古典文学大系、西洋古典学事典などなどもやってしまいましたが、これが検索の面で、ものすごーく便利。検索率が95パーセントで不完全ではありますが、不完全さを上回る便利さがあります。

でも、デジタル化された資料がいかに便利でも、デジタル化の作業は少々面倒。だから、たとえば、定期的にやってくる古書目録の数々などは、デジタル化していないのです。

これを私の代わりにデジタル化して送付してくれたら、と考えると、このサービス、意外に利用者が増えて、はやるのではないかと思われるのです。

たとえば、出張が多い人、長期に自宅を不在にする人などは、自分がいない間に来た郵便物をデジタル化して送付してくれるというサービスは、便利と思うに違いありません。

しかし、アメリカという国は、いろいろなビジネスをよく考えつくものですね。これが成功するかしないかはさておき、その発想力には感服します。

2013/03/19

NHKワンセグ番組の監修をしました

実は、2月から、ひそかにNHKの番組の監修作業を行っていたのですが、ついにその番組のワンセグ放送日が決まりました。

番組の内容は、俳優の大和田伸也さんが、現代語の起源となっているギリシャ神話について物語るというもの。

しかし、俳優の「大和田伸也」とは世を忍ぶ仮の姿で、真の姿はギリシャ神話の最高神ゼウスという設定。

「問われて名乗るもおこがましいが〜」で始まる「白波五人男」で有名な、歌舞伎の『青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなのにしきえ)』みたいです。

要するに、大和田伸也版のギリシャ神話なので、番組名は、(「ギリシャ神話」ではなく)、「ギリシャ伸也」 o(*^▽^*)o

放送日は、3月28日(木)深夜。実際の日付は3月29日(金)0:30ー0:55です。ワンセグ番組ですので、興味のある方はお間違えなく。

私もまだ映像の形では見ていないので、とっても楽しみです。

ところで、今回は、テレビ東京制作(プロテックス)の中居義孝さんよりお話をいただき、プロテックスのみなさんと、脚本になる前の構成段階で、かなりのやりとりをしました。

普段テレビを見ているだけではわからない、非常に緻密なお仕事で、驚きました。本当に、プロテックスのみなさんに感謝!です。

2013/03/18

東京ラプソディ

昨日は、ラピュタ阿佐ヶ谷で、1936(昭和11)年の映画『東京ラプソディ』を見てきました。

主演は同名の大ヒット曲を歌った、かの藤山一郎です。

この作品は最初に歌の大ヒットがあり、その後で、映画を制作したというもの。

一種のミュージカルで、なぜか最後に感動してしまいます。

歌詞の中に、東京の地名(銀座、神田、浅草、新宿)が出てくるのですが、映画の中でも、1930年代半ばの東京の風景が映し出されていました。とくにお茶の水の駅の周辺は、今とあまり変わっていないことにも心を動かされました。

それから、『東京ラプソディ』の歌詞の中に、「ダンサー」という言葉が出てきます。

現在の私たちが『東京ラプソディ』の歌を聴いただけでは、舞台の上で踊りを踊っている女性なのかなと思ってしまいますが、映画を見ていると、どうも違っているようでした。

そこで、自宅に帰ってから、いろいろと辞書を調べてみますと、さすがニッコク(日本国語大辞典)、次のように説明をしていました。

ダンサー

(1)ダンスホールで、客の相手をして踊ることを職業とする人。多くは女性。

(2)西洋式の舞踊(バレエを除く)を舞台などで踊ることを職業とする人。舞踊家。

この映画を見てわかったのは、この当時の日本には上記の(1)の人々がいたということ。そして、このことが、『東京ラプソディ』という歌の一節にあらわれていたということ。

風俗の考察をする上でも、価値ある作品です。

以下は、藤山一郎の歌う『東京ラプソディ』で、映画ではありません。

2013/03/17

ヘルメスの羽をつけた山口昌男

私は、倒れてからの山口昌男先生と、書店やら学会やら、観劇やら美術館やら映画鑑賞やら、とにかくあちこちにご一緒したのですが、行く先々で、いろいろな方を紹介していただきました。

ですが、亡くなられて以来、昨日の葬儀・告別式までの間に、さまざまな方々とお話ししていると、私の知っている山口先生というのはほんのごく一部にすぎないのではないか、そして、それはみんな同じで、いろいろな人が持っている思い出のかけらを寄せ集めても、先生の全体像を築き上げるには足らないのではないかという気がしてきました。

ある方は、「山口先生は明るくて面白くて、おしゃべり好きで、まさにトリックスターだ」と言い、今福先生は、「僕は山口先生は無口という印象がある」と言い、ある方は「いいかげんさが魅力」と言い、私自身は恐ろしいほど几帳面であるという印象を持っています。

ところで、昨日の葬儀・告別式でのエピソードを1つ。

喪主のごあいさつで、奥様が述べられていましたが、先生はお棺の中で、両足にヘルメスの羽をつけていたそうです(どなたの発案かは存じません)。

(先生は長い闘病生活を送られ、最後は自分で体を動かすことも、自力で食事をとることもできなくなっていたのですが)、ようやく自由になったので、きっとこれから、みなさまのもとに飛んで行くことだろうと思うので、その時はやさしく迎えてあげてください、とのことでした。

そういえば、献花の際には、先生の大好きなモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスが流れていました。

2013/03/15

明日で、お別れ

本日は、山口昌男先生のお通夜でした。

私は受付のさらに裏方のような役割でしたので、はっきりと目にしてはいないのですが、たいへんな人の数であったように思われます。

そういえば、谷垣法務大臣から先生のご自宅にお花が来ておりましたが、なんと、山口先生の麻布時代の教え子でいらっしゃるとか。

明日は葬儀・告別式。おだやかな気候の時で、よかったです。

多い時には、一週間のうち3日も先生とお会いしたこともありましたが、明日でお別れとなると、とても寂しいなぁ。。。

2013/03/10

山口昌男先生がお亡くなりになりました

文化人類学者の山口昌男先生が、本日2時24分、お亡くなりになりました。

一報を聞いて、急いで府中のご自宅にかけつけたところ、先生はたいへんおだやかなお顔をされていて、今にもまつげを震わせて、うす目を開けそうなおもむきで眠っていらっしゃいました。

ほぼ同じ頃にいらした今福龍太先生が、山口先生に最初にお目にかかった時にサインをいただいたという文庫版の『本の神話学』と、奄美にご一緒にいかれた時の写真と、美しい桜の木をお持ちになり、その写真をみながら、しばしお話をうかがいました。

私が山口邸にいたときに、産経新聞からちょうど取材の電話がかかってきたのですが、その記事に、より詳細なお通夜、葬儀・告別式の日時と場所が記されていますので、リンクしておきます。こちらをクリックしてください。

また、念のため、以下にも記しておきます。

 お通夜:3月15日(金)18:00-
 葬儀・告別式:3月16日(土)11:00-(少し早まって、10:40開始となる可能性があります)

 場所はいずれも府中の森市民聖苑です。

先生の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

2013/03/04

『袋草紙』をめぐって 3

さて、気分も新たに、『袋草紙』をめぐる謎について。

というと、ちょっと大袈裟なのですが、私が遭遇したのは、単なる国語辞書の記載ミスの問題ではなく、何をもって『袋草紙』とみなすのか、『袋草紙』とは何かという文学史上の問題だったようです。

さて、岩波の新編日本古典文学大系の解説によると、私たちが『袋草紙』と呼んでいる藤原清輔があらわした書物には、いくつかの写本があり、それらには『袋草紙』、『清輔袋草紙』、『清輔袋草子』などという題名がついていたようです。

私が鷗外文庫で見た貞享(じょうきょう)二年の版本は江戸期の流布本であり、その題名は『清輔袋草紙』です。そして、この本では、前に書いた私の記事の繰り返しになりますが、乾坤(けんこん)の二部構成で、乾には一巻と二巻が、坤には三巻と四巻が含まれています。

これらのさまざまな写本を、私たちは通常『袋草紙』と呼んでいるわけです。しかし、実は、これらは『袋草紙』の上巻部分でしかないという説が出されていたようなのです。

昭和15(1940)年2月、『日本歌学大系』第二巻所収の『袋草紙』は、上下巻で刊行されました。

仮に『袋草紙』上巻が乾坤二部構成の全四巻だったとしても、『袋草紙』の下巻とはいったい何なのか。

それは藤原清輔の著作とされている『和歌合次第』もしくは『袋草紙遺編』という書名の写本類であった、と考えられているそうです。

私が参照した小学館の辞書は、上下巻の説を採用せず、江戸期の流布本などの従来説をとった記述になっているということになります。

一方、角川の辞書は、上下巻説を採用したと言えるわけです。

また、新編の大系などは上下巻説を採用した構成になっていますが、百科事典や辞書によっては、『袋草紙』は四巻で、続編『袋草紙遺編』一巻があると説明されています。

つまり、小学館の辞書も、角川の辞書も、どちらも正しい。いいえ、どちらの記載が正しいかというものでなく、『袋草紙』なるものをどのように考えるのかという研究上の立場の違いによる記載であったということがわかりました。

むむ 深い、深いです。やっぱり実際に調べてみるものですね。

それから、ふとした疑問を粗末にしない、ということも改めて痛感した次第です。

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