『袋草紙』をめぐって 3
さて、気分も新たに、『袋草紙』をめぐる謎について。
というと、ちょっと大袈裟なのですが、私が遭遇したのは、単なる国語辞書の記載ミスの問題ではなく、何をもって『袋草紙』とみなすのか、『袋草紙』とは何かという文学史上の問題だったようです。
さて、岩波の新編日本古典文学大系の解説によると、私たちが『袋草紙』と呼んでいる藤原清輔があらわした書物には、いくつかの写本があり、それらには『袋草紙』、『清輔袋草紙』、『清輔袋草子』などという題名がついていたようです。
私が鷗外文庫で見た貞享(じょうきょう)二年の版本は江戸期の流布本であり、その題名は『清輔袋草紙』です。そして、この本では、前に書いた私の記事の繰り返しになりますが、乾坤(けんこん)の二部構成で、乾には一巻と二巻が、坤には三巻と四巻が含まれています。
これらのさまざまな写本を、私たちは通常『袋草紙』と呼んでいるわけです。しかし、実は、これらは『袋草紙』の上巻部分でしかないという説が出されていたようなのです。
昭和15(1940)年2月、『日本歌学大系』第二巻所収の『袋草紙』は、上下巻で刊行されました。
仮に『袋草紙』上巻が乾坤二部構成の全四巻だったとしても、『袋草紙』の下巻とはいったい何なのか。
それは藤原清輔の著作とされている『和歌合次第』もしくは『袋草紙遺編』という書名の写本類であった、と考えられているそうです。
私が参照した小学館の辞書は、上下巻の説を採用せず、江戸期の流布本などの従来説をとった記述になっているということになります。
一方、角川の辞書は、上下巻説を採用したと言えるわけです。
また、新編の大系などは上下巻説を採用した構成になっていますが、百科事典や辞書によっては、『袋草紙』は四巻で、続編『袋草紙遺編』一巻があると説明されています。
つまり、小学館の辞書も、角川の辞書も、どちらも正しい。いいえ、どちらの記載が正しいかというものでなく、『袋草紙』なるものをどのように考えるのかという研究上の立場の違いによる記載であったということがわかりました。
むむ
深い、深いです。やっぱり実際に調べてみるものですね。
それから、ふとした疑問を粗末にしない、ということも改めて痛感した次第です。
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