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2015/10/03

ヴィトカッツイの「母」(1)

今日は、ヴィトカッツイの「母」という舞台を見に、両国のシアターX(カイ)に行ってきました。

ヴィトカッツイとはポーランドの劇作家の愛称で、本当の名前はスタニスワフ・イグナツィ・ヴィトケヴィッチといいます。

この名前、どこかで見たような、と思ったのは、山口昌男先生の『文化人類学への招待』で紹介されていたからなのですね。

この本の中に、ヴィトカッツイが文化人類学者マリノフスキーと一時期、仲が良かったことが書かれているのですけれども、今日の演出にも、人類学的要素がちりばめられていて、主人公のお母さんが人類学でいうところの大地母神のような存在として描かれていました。

演出も音楽も、とても斬新なものでした。

ただ、パンフレットによると、原作をかなり削ったということで、そのせいなのかもしれませんが、内容自体は、演出や音楽ほどの斬新さを感じなかったというのが率直な印象。

もとの戯曲はもっとおもしろいのかもしれません。

ところで、『文化人類学への招待』には、ヴィトカッツイとマリノフスキーがいっしょにオーストラリア旅行をしたときの、とってもおもしろいエピソードが紹介されています。

せっかくなので、その部分、引用してみます。

オーストラリアの原野を二人(注:ヴィトカッツイとマリノフスキー)で旅行したときのエピソードがあります。

ちょうどある時点で湖に行き当たってしまった。そこは船も何もないところで泳いでいくわけにもいかない。

そこで右からいってらいいか、左から行ったらいいかということで、二人は大げんかを始めてしまった。

どっちも譲らない。さんざん二人で怒鳴り合いしたあとに、彼らは一人は右回り、一人は左回りで行くことにした。

結局、けんかしているとはいえ、向こうでまた会おうということになった。

さて、マリノフスキーが着いてみると、どうもヴィトケヴィッチが見えない。

マリノフスキーは一人になったらたいへんだと思って必死になって原野を探し回った。

この続きは、また次回。

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