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2015/10/07

ヴィトカッツイの「母」(2)

前回のエントリーの続きです。

前回は、山口昌男『文化人類学への招待』に書かれている、ポーランドの劇作家ヴィトカッツイと、文化人類学者マリノフスキーのオーストラリア旅行のエピソードを、途中まで紹介しました。

本日は、その後の話です。

(注:マリノフスキーが途中で別れたヴィトカッツイを探して)あるところへ行ったら原住民が興奮して歌を歌っている。大声をあげている。

見ると白人が一人、二つの棒のあいだにハダカで縛りつけられている。原住民たちは彼の体のまわりでタイマツを振り回している。

これはたいへんだというわけです。

よく原住民のマンガにある釜ゆでのさまをマリノフスキーは想い浮べたらしい。

「ヴィトカツィだ。たいへんだ、火あぶりにされている」。

マリノフスキーはとにかく鉄砲を持ってきて撃とうとした。そうしたら、ヴィトゲヴィッチが、

「おい、こら、ブロニスワフ(注:マリノフスキーのファースト・ネーム)、何しているんだ」

と言った。

マリノフスキーが

「おまえがたいへんな目にあっているから、撃とうと思っているんだ」

と答えると、

「よせ、よせ、よせ。まあ、いいから近くにこい」

とヴィトケヴィッチが言った。

ヴィトケヴィッチはマリノフスキーよりも一日か二日早く同じ場所に着いて、土地の人とすっかり友だちになっていた。

彼の体にダニがたくさんついていてしょうがないから、ダニの駆除法にはこれがいちばんいいと原住民が教えてくれて、ダニの駆除をやっていたのだ(笑い)というのですね。

マリノフスキーはそれを知らないで鉄砲を持って構えた。

これではどっちが人類学者かわからない(笑い)。

とってもおもしろくて、笑ってしまったエピソードですが、これを読むと、ヴィトカッツイは人類学者の要素を持っていることがよくわかります。

ところで、この『文化人類学への招待』という本、人類学の入門書として、たいへん優れていると私には思われます。

クラ交換の箇所など、ものすごくわかりやすく書いてあり、とても勉強になります。おすすめです。

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