雪にヒャッホイ
CNNで、かわいい映像を見つけました。
見出しは、「パンダが雪にヒャッホイ」。
どうヒャッホイなのか???
百聞は一見にしかず。ということで、以下をご覧ください(本編の前に宣伝が入る場合があります)。
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CNNで、かわいい映像を見つけました。
見出しは、「パンダが雪にヒャッホイ」。
どうヒャッホイなのか???
百聞は一見にしかず。ということで、以下をご覧ください(本編の前に宣伝が入る場合があります)。
ここのところ見た(舞台のライブビューイングを含めた)映画は、以下の通り。
・(あのうわさの)マット・デイモン主演の『オデッセイ』
・ナショナル・シアターのライブビューング『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
・トニー賞受賞演出家ジュリー・テイモアの舞台の映画化『夏の夜の夢』
なにがびっくりしたって、ナショナル・シアター・ライブがどこの映画館もほぼ満席の状態だったことです。
メトロポリタン・オペラのライブビューイングだって、こんなに満席になったことはあまりなく、加えてオペラの観客が高年齢化しているのに、ナショナル・シアター・ライブに来ている観客は20代も見受けられたのです。
今の日本は、完全に演劇の方が優位であると思いました。
さて、そのナショナル・シアター・ライブの演目は『夜中に犬に行った奇妙な事件』。
自閉症の男の子が、隣人の犬を殺害した犯人を探し出そうとする日々を描いているのですが、実際見てみると、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』に似ていました。
そして、なるほど、この演劇が現代の若者に受け入れられている訳、さらにはオペラが受け入れられていない訳もなんとなく、理解できた次第です。
一方、『夜中に犬に起こった奇妙な事件』とは正反対の内容を持つ、シェイクスピアの『夏の夜の夢』。
こちらは、ジュリー・テイモアの演出とあって、やっぱりものすごーく期待していったのですが、むむむ、カタルシスがない!
『夏の夜の夢』のキモは、なんといっても、3組の恋人たちの結婚の祝宴の場で催される、ピラマスとシスビーの悲劇だと私には思われるのですが、今回はそのキモのシーンに、これまで見た中で一番感動しなかった。
天才の戯曲と、優れた俳優陣を使っても、観客にカタルシスをもたらすのって、難しいものなのですね。。。
舞台鑑賞的には、今週は、ホームラン
の週でした。
まずはMETのライブビューイングでビゼーの『真珠採り』。
セイロン島を舞台に、恋愛禁止の巫女と、彼女を愛する二人の男性の話なのですが、METでは約100年前に上演されたきり、ずっと上演されていなかったとのこと。
なによりもビゼーの音楽が美しい。
加えて、美術・特殊効果が圧巻!
で、最後は感動してしまいました。
帰宅してからも、YouTubeで『真珠採り』に関する音楽を検索し、繰り返し聞き続けたので、METの舞台は相当よかったのだと思います。
感動すると、何度も触れたくなるのですね。
なお、METに100年ぶりの上演をもちかけたのは、巫女役のソプラノ、ディアナ・ダムラウだったとのこと。
ダムラウといえば、かつてモーツァルトの『魔笛』の「夜の女王」役を見たことがあり、たしかにすごかったです。
ということで、以下に、そのダムラウによる「夜の女王のアリア」を貼り付けておきます。
次に、「イプセンを上演する会」によるエドワード・オールビーの『動物園物語』。
これは現代演劇を変えたと評される有名な戯曲で、長年見たい、見たいと思っていました。
がっ!
途中まで、正直、「なんでこれがそんなに高評価? 断片的だし、何を言っているかわからない」と思いつつ見ていました。
しかしながら、最後まで見ると、「なるほど、確かに、現代演劇の傑作!」に感想が一変。
自宅に帰ってから、(戯曲を持っていたので)戯曲を読み直して、また感動。
ナルシシズムにひたりきることができず、刹那的な関係に、心の紐帯を求めてしまう現代人の悲しさがよく描かれていました。
METの『真珠採り』の上映も、『動物園物語』の上演も、いずれも2016年2月12日(金)まで。
ご興味のある方は是非どうぞ。
いつまでも、ブログのトップが、サルのセルフィーじゃ、あんまりですよね。
更新がとどこおり、本当にすみません。
この間、MET(メトロポリタンオペラ)のライブビューイングで『ルル』、ナショナル・シアターのライヴビューングで『ハムレット』を見、富山県高校長協会で「学生の自己実現と慈悲心(思いやりの心)について」という題で、講演などさせていただいておりました。
『ハムレット』は、アカデミー賞ノミネート俳優のベネディクト・カンバーバッチが主演と聞いて、はちきれんばかりの期待を胸に、朝早くから、勇んで見に行ったのですが、期待を無残にも裏切る結果に。
どうしてそんなことになったかというと、シェイクスピアの戯曲の重要なセリフをカットしたり、戯曲の構成を変えていたりしたことが原因だということに気づきました。
天才がつくったものは、その通りに演じただけで、観客になにがしかの感銘を与えるのですが、それを安易に改変してしまうと、重層的な意味あいが失せてしまい、ひどくつまらないものになってしまう、のだと。
しかし、シェイクスピアの原作は上演するには長すぎるので、どこかをカットしなければなりません。その兼ね合いが非常に難しいということがわかりました。
ちなみに、カンバーバッチほか、演技者はうまかったです。それだけに残念。
一方、METの『ルル』はよかったです。
事前に、映画の『ルル』も見て、予習していったのですが、音楽はもとより、斬新な美術が目を楽しませてくれました。
『ルル』には思い出があります。
故・山口昌男先生のところに出入りするようになった初期の頃、先生が私に「この前、ヴェデキントの『ルル』を舞台で見たのだが、演出家が意味をわかっていなかった」と語ったことがありました。
その時は、「ふーん。。。」と思っていたのですが、今ではあの時の先生の言葉が含意するものは意外に深いのでは?などと感じています。
このあたりを書くには、私自身、もう少し勉強が必要なので、この辺でやめておきますが、いずれ書いてみたいなと思っております。