情報処理技術としての読書法:赤鉛筆、青鉛筆で線を引く(2)
山口昌男も実践した、赤や青で線を引きながら本を読む方法。
この方法は「読書法」なるものの王道のひとつと呼べるかもしれません。
たとえば、鶴見和子・俊輔の父親であり、政治家・著述家であった鶴見祐輔は、1936(昭和11)年に刊行された『読書三昧』(大日本雄弁会講談社)の中で、こう述べています。
(前略)我々が読書して有益であるのは、自分より優れたる人々の書を読む場合である。
何等かの点に於いて、自分より勝りたる人の著書なればこそ、我々は敬意を払ってこれを読むのである。
既に我々より優れたる人の著書である以上、これに対し批判力を働かすことはまことに困難である。
ゆえに批判しつつ読書するということは、我々が考えるよりは遥かにむつかしいことである。
しかしそれが読書の際、最も大切なことである。殊に若き日に於いては、批判力が発達していないから、尚更(なおさ)らむつかしい。
それには一つの方法がある。
それは線を引き、書き入れをすることである。
出来るならば、赤と青との色鉛筆で、自分の感じたるところに傍線又は下線を施し、紙の余白に、自分の意見を書いておくことである。
私はこの外(ほか)に、読んだ日附と場所とを記しておく。
それは数年後に再読して、以前の自分と今日の自分とを比較し、退歩せるや進歩せるやを知るに便せん為めである。
朱線青線を引きつつ読書する習慣をつけると、我々は勢い批判しつつ読むようになる。
そして線の種類を色々に工夫しておくと、殊更(ことさら)に注意深く読むようになる。
例えば、文章のよいところは朱線、内容のよいところは青線と決める。
その次には、最もよいところは字の側に一字々々(いちじ いちじ)円(まる)を附し、その次は点を附し、その次は線、その次は余白に線を引くとすると、そこに四種類の別が生じる。
その四つの区別―それが赤と青で八種類になる―を付けながら本を読むとなると、油断も隙もなくなる。
批判力がいつも尖鋭に働くことになる。
しかもその上に、余白に批評文を書くのであるから、仕事は更に多い。
それは一見、あまりに複雑のようである。しかし一年も習慣をつけると、少しも苦痛を感じなくなる。
終(しまい)には新聞を見ていても、朱線青線が引きたくなる位である。
殊にこの線を引く読書法の利益は、一読後は、重要部分が悉(ことごと)く頭に残ることである。
一読して後、その書中の朱線青線のところだけ、簡単に読み直しておけば、自分がこの書より何を学びしやが、明瞭に頭に残る。
又後にこの書から引用しようと思う時などは、その線のあるところだけを、卒読(そつどく)すればよいことになるから、二度読みの手数が省ける。
(旧漢字と歴史的仮名遣いは新漢字と現代仮名遣いに変換し、適宜、行替えを施しています)。
なんだか読んでいるだけで疲れてしまいそうな、緻密すぎる方法です。
(ちなみに、鶴見祐輔の息子である鶴見俊輔氏自身が出した蔵書を、高田馬場の古書店で発見したことがありましたが、(山口昌男ばりに)本の中に線がめちゃくちゃ引いてありました。
今は、あの本、買っておけばよかったなと後悔していますが、その当時、あまりにも線の引き方が汚く、これでは読みたくないと思って、買うのを躊躇してしまったのです。
いずれにしても、対照的な性格の親子とお見受けしました。)
ところで、鶴見祐輔のコメントを読むと、赤や青で線を引いたり、コメントを施したり、という作業が何に関係しているかというと、
・批判的な読書
・一冊の本を注意深く読むこと(いわゆる精読)
・本の内容を記憶すること
であることがわかります。
近年では、赤と青の二色に、緑色を足した三色ボールペン法が、齋藤孝氏の『三色ボールペンで読む日本語』(角川文庫)や、『三色ボールペン情報活用術』(角川書店)といった本の中で提唱されて、実践された方も多いのではないかと思います。
一方、齋藤氏の本に対する読者コメントを見ていると、電子書籍で、どうやって色を変えて、線を引いたり、コメントしたりするのか、というものがありました。
これは単純に電子書籍の技術が、いまだ人間に手による作業に追いついていないということを示しているだけでないと私は思うのです。
つまりは、デジタル時代の人間が重視する読書における価値は、批判的読書や精読、本の内容を記憶することといった、80年前の読書で重視されていた価値と異なったものであるということなのかもしれません。
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