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2017/04/22

限界的練習 超一流になるのは才能か努力か? 

最近、私が、授業を履修する学生に対して、「授業には直接関係ないけれど、何かうまくやり遂げたいと思っていることがあるならば、年齢や性別に関係なく、必ず読んだ方がよいのは、コレ!」といって、強く、強く、薦めている本が、『超一流になるのは才能か努力か?』(文藝春秋)です。

この本は、フロリダ州立大学大学心理学部のアンダース・エリクソン教授が、30年以上にわたる自身の実験の結果を、サイエンスライターのロバート・プールとともに、書き起こしたもの。

テーマはずばり、「スポーツ選手、音楽家、チェスプレーヤー、医者、営業マン、教師などそれぞれの分野でエキスパート(達人)として突出した成績をあげる」人たちと、そうでない人たちとの差は何か、です。

確かに、それぞれの分野において、必ず「トップレベル」に位置する人々がいるわけです。

その人たちは、生まれながらにして、その分野のトップになるような才能を持っていて、単に才能が開花しただけなのか。

それとも、後天的な練習(=努力)のたまものなのか。

もし努力の要素が大きいとすれば、それは具体的には、どのような練習を行えばよいのか。

こういうことを調査した結果をまとめた本が、『超一流になるのは才能か努力か?』なのです。

たとえば、私たちは、絶対音感は、音楽の才能を持つ者、たとえばモーツァルトのような、誰が見ても「天才」と判断される者のみが生まれながらにして 有するものなのだと考えてしまいがちです。

しかし、著者は、自身や他の学者が行った実験結果を引用しつつ、次のことを明らかにしていきます。

・ほとんどの人は生まれながらにして絶対音感という才能を持っていること。

・しかるべき練習をすれば、遅かれ早かれ、誰でも絶対音感を身につけられること。

けれども、こんなふうに述べてくると、「子どもの頃からやっていれば、うまくなるよ」という反論も可能ですし、そして、もちろん、子どもの時に始めないと身につけるのがむずかしい能力もあります。

たとえば、バレエダンサーのターンアウトという姿勢、野球の投手のワインドアップ・モーション、テニスプレーヤーのフルスイングのサーブなどは、大人になってから始めたのでは、充分な可動域が確保できないそうです。

が、たとえば、絶対音感などは、訓練次第では、大人でも身につけられる能力であることが述べられています。

しかしながら、この『超一流になるのは才能か努力か?』という本は、子どもの頃からの激しい練習を必要としない分野で成功を収めたい人、あるいは自分自身の子どもや学校教育の現場で、子どもを指導する立場に立っている場合などなどに、たいへん参考になることが書かれています。

語学や資格試験の勉強、スポーツなどの練習、営業などの仕事でよい成績を収めること、年齢的な衰えを感じて心身の健康に役立つことを始めたいと思っている人etcのための本です。

ちなみに、この本の最重要キーワードdeliberate practiceは、 「限界的練習」ということばに訳されています。

むりやりおさまりやすい日本語にした感がありますが、細かくいえば、「目的に沿って、意識的かつ意図的に計画された練習」というような意味になります。

本書を読む際には、「限界的練習」の箇所に少し注意が必要かもしれません。

 

 

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