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2021年4月の4件の記事

2021/04/27

大塚ひかり著『うん古典 うんこで読み解く日本の歴史』(新潮社) 発売のお知らせ

 古典エッセイストの大塚ひかりさんより、新刊『うん古典 うんこで読み解く日本の歴史』(新潮社)を頂戴しました~!

 大塚さんとは、かつて『芸術新潮 特集ギリシャ神話エロティック・ガイド』66巻10号(2015年10月)で、「炸裂! 神話トーク  チン切り、クソマル、醜(しこ)パワー」と題した対談を行いました。

 そのとき、ありがたいことに、私の本を読んでくださっているとのコメントをいただきましたが、今回の新刊の中でも、拙著『クソマルの神話学』(青土社)を引用してくださっています。

 

 ちなみに、対談でも(もちろんエッセイの中でも)、大塚さんは、いきなり「ぶはっ!」と人を笑わせる天才。

 対談中は、飲んでいるものをなんども吹きそうになりました。

 今回の新刊でも、何度も「ぶはっ!」に襲われること間違いありません。

 ワタクシ的には、とりわけ、最後の「年表式うん古典索引」が秀逸!

 

 一方、この種のエッセーには、長年にわたる資料収集とデータ整備という、忍耐力とちからわざが必要となります。

 大塚さんは、読み手を笑わせて古典の世界へすんなりと招き入れながらも、資料の海の深遠さまでも見せてくれるエッセイストです。

 興味のある方はぜひお手にとってみてください!

 

2021/04/26

海を見て、亡き人をしのぶ

今回で、一茶の句の紹介はいったん終了にしようと思っています。

(なにか機会があれば、また戻ってくるかもしれませんが。)

で、最後に選んだのはこちら。

 

亡(なき)母や 海見る度(たび)に 見る度(たび)に(『七番日記』)

(口語訳:亡き母よ 海を見るたびに 思い出す。)

 

  (以上、『一茶句集 現代語訳付き』玉城司訳注、角川ソフィア文庫、2013年、p548より)

 

私は海の近くの生まれですが、私の母はまだ存命であるからか、私自身は海を見て実母を思い出すというようなことはありません。

しかし、海を見ると必ず思い出す人がいます。

だからでしょうか、一茶のこの句にしみじみとしてしまいました。

 

ちなみに、海を見ると思い出すのは、もうだいぶ前に亡くなった私の年の離れたいとこです。

そういえば、昔、そのいとことの思い出をエッセイに書き、『歴史読本』2004年7月号に掲載していただきました。

そのエッセイは当ブログに転載しましたので、こちらから読むことができます。

興味のある方は、上記の「こちら」をクリックしてください。

 

 

2021/04/18

むだ歩きの人生

小林一茶の句を紹介すること、4回め。

今日は季語のない(=無季の)句を取り上げます。

 

 月花や 四十九年の むだ歩き(『七番日記』)

 (口語訳:月や花やと四十九年もむだに遊行してきた。)

 

この句をさらによく理解するには、以下の3つの内容を踏まえておく必要がありそうです。

玉城司氏の解説に私のことばを足して記すと、こうなります。

 

(1)「四十九年(しじゅうくねん)」には「始終苦年」がかけあわさっていること。

(2)『論語』の「五十にして天命を知る」や『淮南子(えなんじ)』の「五十にして四十九年の非を知る」などが意識されていること。

(3)一茶は、西行法師や松尾芭蕉といった漂泊の偉人にはなれなかった、王道的なうた詠みの人生は送れなかった、無駄に旅しただけだったという悔恨の念から人生をふりかえっていること。

(以上、『一茶句集 現代語訳付き』玉城司訳注、角川ソフィア文庫、2013年、p547より)

 

私も今、「四十九年」をとうに過ぎ、「天命を知る」はずの「五十」も過ぎましたが、ときどき、一茶と同じような「むだ歩き」の人生を送っているかのような心持ちになることがあります。

これは誰もがそういう感情に襲われるのかもしれません。

 

2021/04/06

想定と実際で違う意味を持つこと

小林一茶の句を紹介すること、3回め。

今回は、想定していた意味が、解説を読んだら違うものだったというような、落差がおもしろい句を紹介します。

とりあげるのは、有名な以下の句。

 

  「ともかくも あなた任(まか)せの としの暮(くれ)(『おらが春』)」

 

上記の句は、以前にこのブログで紹介した以下の句を念頭に置くと、一茶ってほんっといいかげん、「あなた任せ」で長らく「人の飯」を食ってきたのねという、つっこみを入れたくなります。

  「春立(はるたつ)や 四十三年 人の飯

   (口語訳:立春が来れば、いよいよ四十三歳だなあ。ずっと他人様の飯を食ってきた。)

 

しかし、解説を読むと、この「あなた任せ」には深い意味があったことがわかります。

玉城司氏によると、ここでいう「あなた」とは阿弥陀様のこと。

句の意味は、「善かれ悪しかれ、ともかく一切を阿弥陀様にお任せして迎える年の暮れ」となります。

「愛娘を亡くした一茶が、親鸞上人の他力本願の教えによって救われようとする切なる願い」が込められているのだそうです。

(以上、『一茶句集 現代語訳付き』玉城司訳注、角川ソフィア文庫、2013年、p541より)

 

一読後はくすっと笑い、解説を読んだあとから読み直すと、しんみりしてしまう、プリズムのような句でした。

 

 

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