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2021年5月の2件の記事

2021/05/28

ひた走る(斎藤茂吉『赤光』から)

前回のエントリ「死にゆく母を、歌に詠む」は、ありがたいことに、文学通信Twitter(@BungakuReport)の5月10日のツイートで、紹介していただきました!

今回もまた、死にゆく母を詠んだ、とても有名な斎藤茂吉の歌集『赤光』の中から、私の心に残った歌を取り上げてみたいと思います。

「悲報来」という題がついています。

 

 ひた走る わが道(みち)暗し しんしんと 堪(こら)えかねたる わが道くらし

 ほのぼのと おのれ光りて ながれたる 蛍(ほたる)を殺す わが道くらし

 すべなきか 蛍(ほたる)をころす 手のひらに 光つぶれて せんすべはなし

 

悲報に接して、いてもたってもいられず、暗い中をひた走ったという、この焦燥感。

冒頭の一首だけで、なんだかこう、胸をぐわっとわしづかみされたような感覚を覚えました。

この一首に続く歌二首では、あまりにも急いでいて、あまりにも心に余裕がなかったためか、悲報を嘆いている自分が、光を放ちながら飛んできた蛍を殺してしまった、小さないのちのともしびを自分の手でつぶしてしまったという対比が示されています。

そして、これらの三首の歌の後に、さらに七首の歌が続き、読者は以下のようなコメントに遭遇し、誰の「悲報」だったのか、茂吉はどこに向かってひた走っていたのかが、わかります。それは大正二年の出来事でした。

 

 七月三十日信濃上諏訪に滞在し、一湯浴びて寝ようと湯壺に浸つてゐた時、左千夫先生死んだといふ電報を受取つた。予は直ちに髙木なる島木赤彦宅へ走る。夜は十二時を過ぎてゐた。

 

茂吉を走らせたもの、それは恩師・伊藤左千夫の死の知らせでした。

ところで、記事を書くためにいくつか調べてみたところ、『赤光』には初版と、初版の文法的な間違い等を修正し歌の掲載順を入れ替えた改選版があるということがわかりました。

本日、紹介したのは、初版をもとにしている新潮文庫の『赤光』の冒頭の三首です。

 

2021/05/09

死にゆく母を、歌に詠む

以前、当ブログの「海を見て、亡き人をしのぶ」にて、「亡(なき)母や 海見る度(たび)に 見る度(たび)に」という一茶の句を紹介しました。

今回は、この一茶の句からの連想で、死にゆく母を詠んだ歌を紹介したいと思います。

 

死にゆく母を詠んだ有名な歌人といえば、斎藤茂吉。

大正2(1913)年に出された『赤光』には、私も教科書で読んだこともある、以下の有名な二つの歌が掲載されています。

 

 「死に近き 母に添寝(そひね)の しんしんと 遠田(とほだ)のかはづ 天(てん)に聞(きこ)ゆる」

 

 「のど赤き 玄鳥(つばくらめ)ふたつ 屋梁(はり)にゐて 足乳根(たらちね)の母は 死にたまふなり」

 

さて、上記の二首もとてもいいのですが、今回、歌集を読んでみると、私の知らなかった以下の歌に、死にむかっている母に対する茂吉の思いがよくあらわれているようで、胸に迫るものを感じました。

 

 「我(わ)が母よ 死にたまひゆく 我(わ)が母よ 我(わ)を生(う)まし乳足(ちた)らひし母よ」

 

とくに上の句(冒頭の17音)には、雷で打たれたような感動を覚えました。

どんな人も避けてとおることのできない愛する人との別れのつらさ、これまで育ててきてくれた母親への感謝の念など、さまざまな感情を、母への呼びかけの繰り返しによって見事に表現しています。

ちなみに、俳句や短歌というのは、黙読よりも、音読の方が歌の意味や読み手の感情がよく伝わってくるのも、不思議なところです。

 

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