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2021年6月の3件の記事

2021/06/28

愛するものを燃やす火:斎藤茂吉『赤光』の「死にたまふ母」

ここのところ、当ブログでは俳句や短歌などを少しずつ紹介しておりますが、文学作品の選定については、「四苦八苦といった人間の苦しみや煩悩(ぼんのう)を描いていて仏教的である」という勝手な基準を設けております。

そのため、カテゴリのタイトルが「仏教の門」となっています。

四苦八苦とは何か、煩悩とは何か、ということはまた別の機会に書こうと思いますが、現在連載中の齋藤茂吉の『赤光』の「死にたまふ母」の部分は、まぎれもなく四苦八苦のうちの「愛別離苦(あいべつりく)」、すなわち「愛する者と別れる苦しみ」を描いています。

そして、本日は、悲しみの中にありながらも、別れの儀式にかかわらざるを得ない肉親のつらさをも詠んだ歌を紹介したいと思います。

 

  わが母を 焼(や)かねばならぬ火を持てり 天(あま)つ空(そら)には見るものもなし

  星のゐる夜ぞらのもとに赤赤(あかあか)と ははそはの母は燃えゆきにけり

  さ夜ふかく母を葬(はふ)りの火を見れば ただ赤くもぞ燃えにけるかも

  はふり火を守りこよひは更けにけり 今夜(こよひ)の天(てん)のいつくしきかも

                             (斎藤茂吉『赤光』新潮文庫、p46-47)

  

この一連の歌を読んだ時、夫の母の葬儀で火葬の点火ボタンを死者の配偶者である父自身が押していたことや、チベットの鳥葬の風習などが思い起こされました。

ハインリヒ・ハラーの『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の中には、チベットの貴族や高位のラマの遺骸は火葬である一方、民衆の葬儀では遺体を切り刻み、鳥や魚に食べさせるという役割をになう人たちがいるという記載が出てきます(ハインリヒ・ハラー『セブン・イヤーズ・イン・チベット』角川書店、1997年、p101-102)。

これを読んだ時はとてもショックだったのですが、最近は、愛する者への執着を断つという意味において、非常に重要な儀礼なのだと思うようになりました。

 

 

2021/06/16

芥川龍之介による斎藤茂吉『赤光』への讃美

私は小学生の3年生から4年生にかけて、芥川龍之介の王朝物と呼ばれる作品群をよく読んでいました。

そのときの経験は後年、拙著『大人のための仏教童話』(光文社新書)の中で、芥川の「蜘蛛の糸」を取り上げコメントするという形で結実したのですけれども、とにかく、小学生のころは芥川が大好きで、彼の作品に大きな影響を受けたといえます。

さて、ここ数回のエントリで、斎藤茂吉の短歌を紹介してきましたが、偶然にも、『赤光』初版が掲載されている新潮文庫に、芥川龍之介の手による「斎藤茂吉」というタイトルのエッセイが掲載されていたのを見つけたのです。

読んでみると、さすがに名文。

なおかつ、『赤光』がいかに人々にインパクトを与えたかがよくわかる文章になっています。

ということで、今回は、俳句や短歌そのものの紹介から少し外れて、芥川龍之介による斎藤茂吉論を、『芥川龍之介全集』からの一部抜粋で紹介したいと思います。

 

 斎藤茂吉を論ずるのは手軽に出来る芸当ではない。

 少くとも僕には余人よりも手軽に出来る芸当ではない。

 なぜと云えば斎藤茂吉は僕の心の一角にいつか根を下しているからである。

 僕は高等学校の生徒だった頃に偶然「赤光」の初版を読んだ。

「赤光」は見る見る僕の前へ新らしい世界を顕出した。

 爾来(じらい)僕は茂吉と共におたまじゃくしの命を愛し、浅茅(あさじ)の原のそよぎを愛し、青山墓地を愛し、三宅坂を愛し、午後の電燈の光を愛し、女の手の甲の静脈を愛した。(中略)

 僕の詩歌に対する眼は誰のお世話になったのでもない。

 斎藤茂吉にあけて貰ったのである。

 もう今では十数年以前、戸山の原に近い借家の二階に「赤光」の一巻を読まなかったとすれば、僕は未だに耳木菟(みみずく)のように、大いなる詩歌の日の光をかい間見ることさえ出来なかったであろう。(中略)

 且又(かつまた)茂吉は詩歌に対する眼をあけてくれたばかりではない。

 あらゆる文芸上の形式美に対する眼をあける手伝いもしてくれたのである。

(芥川龍之介「僻見」、『芥川龍之介全集』第11巻、岩波書店、1996年、p188-189。適宜改行を施した。)

 

大きな衝撃を受ける作品に巡り会えた僥倖が感じられます。

茂吉『赤光』初版が、昔大好きだった芥川龍之介の文章に巡り合わせてくれました。

 

2021/06/06

末期の母に会いたくて(齋藤茂吉『赤光』から)

前回のエントリ「ひた走る」では、斎藤茂吉の『赤光』初版の冒頭の歌3首を取り上げました。

今回の歌は、これです。

 

  みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん 一目みんとぞ ただにいそげる(『赤光』改選版)

 

この歌は初版『赤光』ではなく、茂吉が初版からの改訂を施した改選版の「死にたまふ母」に出てきます。

ちなみに、初版の方では、「ただにいそげる」の部分が「いそぐなりけれ」になっています。

 

  みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん 一目みんとぞ いそぐなりけれ(『赤光』初版)

 

たいへんな評判を呼び、熱狂的なファンを生みだした初版ですが、茂吉本人は文法的間違いも多く、荒削りなため、出版し続けることに恥ずかしさを感じていたようです。

そこで、初版の文法的間違いを訂正し、歌を並べ直して改選版を出版したという事情があるようですが、初版と改選版を読み比べてみると、私には前回紹介した冒頭の3首からしても初版の方が感動的であるように思われたので、前回のエントリでは初版の歌を、初版に掲載されている順番で紹介しました。

ただ、今回の「みちのくの~」の歌については、改選版「ただにいそげる」の方が、末期の母へ一刻も早く会いたい気持ちをよくあらわしていると感じたので、改選版を紹介している次第です。


さて、前回のエントリ「ひた走る」で採用した歌3首は、茂吉の恩師・伊藤左千夫の死の知らせを受け取って、いてもたってもいられず、深夜の道をひた走ったことが詠まれていましたが、今回の歌もそれらと通底するような、危篤の実母に一目会いたい気持ちが歌われています。

不思議なことに、前回紹介した歌も今回紹介した歌もどちらも、読んだ瞬間、私の実父が危篤になったという知らせを受けて、病院にかけつけた記憶が思い出されてきました。

現在父は回復しましたので、私も落ち着いていますが、あのときは、まったく予想していなかった危篤の電話に動揺していたのか、ばたばたと帰省の支度をしたあげく、結局必要なものは持っていかず、とりたてて必要ではないものがいくつもカバンの中に入っていたというようなことがあったのです。

歌というのは、詠み手の経験や感情を歌っているのに、読む側の記憶までも刺激するのが奥深いところです。

 

なお、今回私が参照したのは、『赤光』の初版と改選版が同時に掲載されている岩波文庫『赤光』(1999年)です。

アマゾンではこの本を見かけませんでしたので、初版と改選版が同時に所収されている電子書籍を以下に掲載しておきます。

 

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