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2021/06/06

末期の母に会いたくて(齋藤茂吉『赤光』から)

前回のエントリ「ひた走る」では、斎藤茂吉の『赤光』初版の冒頭の歌3首を取り上げました。

今回の歌は、これです。

 

  みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん 一目みんとぞ ただにいそげる(『赤光』改選版)

 

この歌は初版『赤光』ではなく、茂吉が初版からの改訂を施した改選版の「死にたまふ母」に出てきます。

ちなみに、初版の方では、「ただにいそげる」の部分が「いそぐなりけれ」になっています。

 

  みちのくの母のいのちを一目(ひとめ)見ん 一目みんとぞ いそぐなりけれ(『赤光』初版)

 

たいへんな評判を呼び、熱狂的なファンを生みだした初版ですが、茂吉本人は文法的間違いも多く、荒削りなため、出版し続けることに恥ずかしさを感じていたようです。

そこで、初版の文法的間違いを訂正し、歌を並べ直して改選版を出版したという事情があるようですが、初版と改選版を読み比べてみると、私には前回紹介した冒頭の3首からしても初版の方が感動的であるように思われたので、前回のエントリでは初版の歌を、初版に掲載されている順番で紹介しました。

ただ、今回の「みちのくの~」の歌については、改選版「ただにいそげる」の方が、末期の母へ一刻も早く会いたい気持ちをよくあらわしていると感じたので、改選版を紹介している次第です。


さて、前回のエントリ「ひた走る」で採用した歌3首は、茂吉の恩師・伊藤左千夫の死の知らせを受け取って、いてもたってもいられず、深夜の道をひた走ったことが詠まれていましたが、今回の歌もそれらと通底するような、危篤の実母に一目会いたい気持ちが歌われています。

不思議なことに、前回紹介した歌も今回紹介した歌もどちらも、読んだ瞬間、私の実父が危篤になったという知らせを受けて、病院にかけつけた記憶が思い出されてきました。

現在父は回復しましたので、私も落ち着いていますが、あのときは、まったく予想していなかった危篤の電話に動揺していたのか、ばたばたと帰省の支度をしたあげく、結局必要なものは持っていかず、とりたてて必要ではないものがいくつもカバンの中に入っていたというようなことがあったのです。

歌というのは、詠み手の経験や感情を歌っているのに、読む側の記憶までも刺激するのが奥深いところです。

 

なお、今回私が参照したのは、『赤光』の初版と改選版が同時に掲載されている岩波文庫『赤光』(1999年)です。

アマゾンではこの本を見かけませんでしたので、初版と改選版が同時に所収されている電子書籍を以下に掲載しておきます。

 

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