今と昔がつながっていること
蕪村の句は絵画的、と言われるのをよく耳にしますが、その枠組みから外れている句を紹介したいと思います。
今日のテーマは、「今と昔がつながっていること」。
以下で、三句を挙げてみます。
(1)懐旧(かいきゅう)
遅き日のつもりて遠きむかし哉
(玉城司氏による口語訳:暮れなずむ春の日を重ねてゆくと、遠き昔が目の前に甦ってくることよ。)
(2)時雨(しぐる)るや我も古人の夜に似たる
(玉城司氏による口語訳:時雨の雨が降り始めた。私もまた古人がそうであったように、わびしい夜を迎えている。)
(3)なつかしき夏書(げがき)の墨の匂ひかな
(玉城司氏による口語訳:懐かしい夏書の墨の匂いがたちこめているよ。)
なお、(3)の句で「なつかしき」といっている相手は、蕪村より23歳も年上の雲裡叟(うんりそう)という俳人だそうです。
玉城司氏の解説によると、雲裡叟と蕪村は、俳系は違うのですが、意気投合して、江戸や京都などで対面する仲。
それを証するかのように、この句には、以下のような前書きがついています。
雲裡叟(うんりそう)、武府の中橋にやどりして、一壺(いっこ)の酒を蔵し、一斗(いっと)の粟(ぞく)をたくはへ、たゞひたごもりに籠(こも)りて、一夏(ひちげ)の発句おこたらじとのもふけ(=用意)なりしも、遠き昔の俤(おもかげ)にたちて
句の中の夏書(げがき)というのは、一室にこもって経文を写経する修業のことだそうですが、蕪村はこの夏書の墨の匂いをかいで、昔、懇意にしていた雲裡叟が墨をすって発句を詠んでいた、ありし日の姿を、瞬時に思い出したのですね。
(1)の句は光と陰影、(2)の句は時雨の音、(3)の句は墨の匂い。
蕪村は自身の五感をつかって、時間や肉体を超えた人間のつながりのようなものを詠んでいます。
これらの句を読んだ瞬間、なんだか敬虔な気持ちになりました。