酷暑の一コマ(『誹風 柳多留(はいふう やなぎだる)』じたて)
今年は6月から梅雨らしさがほとんどなく、「あっつーい」なんてものじゃない日が続いています。
だるいし、暑すぎてキッチンに立って火を使う料理もしたくないので、お手軽な食べ物でお腹をふくらませることが多くなります。
そんな矢先、断続的に読みつづけている『誹風 柳多留(はいふう やなぎだる)』のなかに、まさに「これよこれ! これこそが、今のワタシ!!」というような句を見つけました。
六月は干飯(ほしい)をくらい水をのみ
あんまりなこと あんまりなこと
【現代語訳】夏になると、暑さで体がだるく食欲もあまりないので、干飯(ほしい)を食べ、水をがぶ飲みして暮らす。
(出典:『誹風 柳多留 六編』粕谷宏紀校注、現代教文養庫、社会思想社、1987年、p244)
上記の句のなかでうたわれている陰暦の六月は、現代の七月中旬のこと。
意味は、解説抜きに、そのまま理解できます。
ちなみに、『誹風 柳多留』は川柳の句集で、江戸中期から幕末まで出されていたもの。
江戸の吉原や遊女のしきたり、人々の暮らしぶりなどが克明に描かれているので、読んでいると、風俗研究に豊かな素材を提供しているなあと感じることがしばしばあります。
さて、話をもとに戻します。
この句は、儒教の経典である『論語』の一節に書かれている孔子が弟子に語ったお話が元になっているとのこと。
「あの孔子さまも暑い夏の日にはインスタント食品をお食べになり、水をがぶ飲みされておられたのね」と興味深く思った私は、『論語』のその箇所を確認してみました。
すると、『論語』の当該箇所には、次のように記されておりました。書き下し文と現代語訳を記します。
子の曰(のたま)わく、疏食(そしょく、粗末な飯の意味)を飯(くら)い水を飲み、肱(ひじ)を曲げてこれを枕とす。楽しみ亦(ま)た其の中(うち)に在り。不義にして富み且(か)つ貴きは、我れに於いて浮雲(ふうん)の如し。
【現代語訳】先生がいわれた、「粗末な飯をたべて水を飲み、うでをまげてそれを枕にする。楽しみはやはりそこにも自然にあるものだ。道ならぬことで金持ちになり身分が高くなるのは、わたくしにとっては浮き雲のよう〔に、はかなく無縁なもの〕だ。」
(出典:『論語』岩波文庫、金谷治訳注、1963年、p96)
えーっと、孔子様は暑さのために簡単なご飯を食べ、水をがぶ飲みしていたわけじゃなかったのですね。
浅はかなこと、浅はかなこと。
『誹風 柳多留』風に、……(笑)
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