外国映画(傑作選)

ママの思い出(I Remember Mama,1948)

映画だけでなく舞台でも見ましたが、どちらも泣いてしまいました。これを見ると、純粋な善意の存在を無性に信じたくなります。

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会議は踊る(Der Kongress Tanzt,1931)

名作、名作と謳われているこの映画。なぜにこれが名作かと疑う場面もありましたが、見終わった感想は「やはり名作だった!」。

誰もが「堪える」という行為を嫌なものととらえているはずなのに、堪えている人間を美しく感じるのは、どうしてなのでしょうか。

テーマ・ソングである“DAS GIBT'S NUR EINMAL”、何度も味わって聞いています。

(試聴できます。色の付いた部分をクリックした後、飛んだページのHörbeispieleの一番下、23番をクリックしてみてください。

ちなみに私が買ったCDは、“200 DEUTSCHE ORIGINAL TONFILMSCHLAGER”というタイトルです。このCDでは映画で流れているオリジナル版を聞くことができます。これも試聴できます。こちらをクリックし、飛んだページのHörbeispieleDisk: 2の1をクリックしてください。)

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ショウ・ボート(Show Boat,1951)

憎むほどに、ひどいことをされた相手でも、罵りたい気持ちを抑えて許す。これこそが、自分を幸福にし、相手を幸福にし、ひいてはすべての人間を幸福にすることなのだと思わせる作品です。

劇中に流れる、オスカー・ハマースタインⅡ世作詞、ジェローム・カーン作曲の“Ol' Man River”は感動的で、ミュージカル史上に残る名曲だと思いました。

(“Ol’ Man River”を試聴できます。色の付いた部分をクリックした後、飛んだページのListen to SamplesのDisc2の19番をクリックしてみてください)

主人公を演じたキャスリン・グレイソンは、オペラ歌手並の歌唱力を持つミュージカル・スターですが、歌ばかりでなく、憎んでいるのに愛している心の葛藤をもよく演じています。

『ザッツ・エンターテインメント Part3』によれば、エヴァ・ガードナーは、歌の猛練習を積んだにもかかわらず、結局歌の部分は吹き替えになってしまったそうですが、それを差し引いても、素晴らしい演技でした。

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回転木馬(Carousel,1956)

原作はモルナールの『リリオム』。

原作よりも圧倒的に映画の方が良いです。本当に、どうして、どうして、こんなに感動的な脚色ができるのか?! 脚本を担当したオスカー・ハマースタインⅡ世は天才だと思ってしまいます。

私はこれまでに大量の映画を見てきました。それでも、映画を見て、しゃくり上げるほど泣いたことは、本当に少ないのですが、これはその貴重な一本です。

ところで、このタイトルの「回転木馬」には、かなり深い象徴的意味が隠されていると思います。

「回転木馬」は、真に新しい人生を歩もうと決心した時に、そうさせまいとして人間を誘惑するものなのです。

人は、上下に揺れ動く白い馬の背に乗っていさえすれば、居心地の良いきらびやかな世界の中にとどまり続けることができます。

それはある意味で、甘美であるし、楽でもある。だから人は、回転木馬の誘いに抗しきれず、今までいた場所にとどまり、同じところを回り続けようとするわけです。

この回転木馬の誘惑は、人生の至るところに潜んでいます。

例えば、素直になれず、ほんのちょっとの意地を張り続けることによって、あるいは親の悪い生き方を周囲から揶揄され、卑屈になることによって、ますます人生の悪い回転に加速がかかり、抜け出ることができなくなります。

ある意味で、回転木馬の誘惑にのる方が、楽であり甘美なのです。

けれども、その回転から勇気と信念を持って出ようとすることが大切なのだ。たとえ、それが今は暗い道のように見えても、そのまま歩いていけば、黄金の空が見えてくる。だから、自分の足で一歩を踏み出すのだ。

それが、この映画のメッセージです。

ちなみに、この人生の回転のことを、仏教的に解釈すれば、「輪廻(りんね)」ということになると思います。そういう意味で、宗教的にも重要な意味を持つ作品です。

映画のサウンドトラックが試聴できます。こちらから飛んで、飛んだページのListen to Samplesの「6. June Is Bustin' Out All Over」や「17. You'll Never Walk Alone (Finale) 」などをクリックしてみてください。

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シェルブールの雨傘(Les parapluies de Cherbourg,1964)

オペラのように、セリフ全てが歌になっています。通常の映画に見慣れると、一見不自然で作り物めいて映りますが、その実、透徹した自然主義がうかがえる傑作です。

テーマソングが試聴できます。こちらから飛び、飛んだページのÉcouter des extraits musicauxDisque : 1の15番などをクリックしてみて下さい。

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キャバレー(Cabaret,1971)

とにかく、人間の心理を描ききった脚本が素晴らしい。自己卑下、自己顕示、他人を支配したいという欲望、愛に対する渇望などが、驚くべき方法で映像化されています。

特筆すべきは、時代状況を人間心理の点から、見事に表現していることです。ナチスの隆盛は、通常の人間心理の一側面の派生型であることが、よく理解できます。

テーマソングが試聴できます。こちらから飛び、飛んだページのListen to Samples の1番(Willkommen)や16番(Cabaret)などをクリックしてみて下さい。

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ラ・マンチャの男(Man of La Mancha,1972)

監督良し、脚本良し、俳優良し、音楽良しの完璧な作品。

ただただ、大勢の人に見て欲しいです。作品の構造、鏡の用い方等々、分析にあたってこの上ない素材ですが、下手な分析は不要と思わせる力があります。

特筆すべきは、主演のピーター・オトゥール。彼以外のドン・キホーテは考えられない。そう思わせるほどの名演を見せています。

ただ、彼の歌の部分は吹き替えだそうで、それが少々残念です。(声があまりにも似ていて、演技に劣らぬ迫力があるので、最初は全く気づかなかったほど。)

吹き替えだからといっても、オトゥールの価値が損なわれるわけではなく、セリフの場面も圧巻です。とくに、主人公の「セルバンテス」が劇中劇の主人公「ドン・キホーテ」へなりかわる場面のピーター・オトゥール渾身の口上が見ものです。

この口上、ならびにテーマソングが試聴できます。

こちらから飛び、飛んだページのListen to Samples の2番(Man of La Mancha)や9番(The Impossible Dream)などをクリックしてみて下さい。

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カイロの紫のバラ(The Purple Rose of Cairo,1985)

虚構と現実について考えさせられる作品。ウッディ・アレン監督の芸術的才能をひしひしと感じます。

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死と処女(おとめ)(Death and the Maiden,1994)

タイトルはシューベルトの遺作である弦楽四重奏曲・第14番ニ短調「死と乙女」から取られています。もとはアリエル・ドーフマンの戯曲ですが、戯曲も映画も、安易な方向へ流されず「人間」を描ききった結末がすばらしいです。

テーマソングが試聴できます。
こちらから飛び、飛んだページのListen to Samples の1番(Quartet D 810 'Der Tod und das Madchen' D Minor: Allegro)をクリックしてみて下さい。

この曲の冒頭部分が映画の中の象徴的な場面で演奏されていて、忘れられなくなります。

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ムトゥ踊るマハラジャ(Murhu,1995)

単純な勧善懲悪の物語かと少々バカにしながらも、楽しく見ていましたが、ある場面で、すさまじいセリフが登場し、胸打たれました。

「だますより、だまされる方が罪深い。」

また、主演ラジーニカーントが歌う冒頭の歌は宗教的な示唆に富んでいます。

インドは深い!

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奇跡の海(Breaking the Waves,1996)

私が最近注目し、仕事を追っているのは、この作品の監督と脚本を務めたラース・フォン・トリアー氏です。日本で出ている彼の作品は、全て見ました。最初期の作品を除いて、どれもなかなかの出来ですが、とりわけ、これと「ダンサー・イン・ザ・ダーク」がすばらしいです。

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ダンサー・イン・ザ・ダーク(Dancer in the Dark,2000)

こちらもトリアー作品。彼の作品はのろのろと始まるのですが、途中から時間の経つのを忘れます。

ドキュメンタリー映画かと思わせて、実は異色のミュージカル。主演のビョークが橋の上で歌うシーンは、映画史に残る(と思われる)美しい場面です。

テーマソングが試聴できます。
こちらから飛び、飛んだページのListen to Samples の3番(I've Seen It All)などをクリックしてみて下さい。

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八月の鯨(The Whales of August, 1987)

主人公は、小さな島の別荘で夏を過ごす老いた姉妹。彼女たちの過ぎゆく夏、過ぎゆく人生を描いた佳品です。

別荘から見える海や月がとても美しい。ですが、俳優陣は、風景以上に一見の価値ありです。

妹を演じたのは、当時90歳のリリアン・ギッシュ。姉を演じたのは、当時79歳のベティ・デイヴィス。

リリアン・ギッシュは、私がこれまでに見た映画でいえば、『国民の創生』(1915年)や『イントレランス』(1916年)、『散りゆく花』(以上、監督はD. W. グリフィス)に出演していて、信じられない位に息の長い活躍をしています。役者はいくつになっても役者なのだと、感じ入ってしまいます。

この戯曲を知ったのは、つい先日、三百人劇場での舞台を見たためです。それで感心したため、映画の方も見てみましたが、結末が両者では全く異なりました。

舞台(つまり、もともとの戯曲)では、姉妹同士が日々感じている嫌な面が衝突しあって結末を迎えるのですが、映画の方は、その衝突を超えた上での希望が描かれています。

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ジャズ・シンガー(The Jazz Singer, 1927)

記念すべきトーキー(音声の出る映画)第一回作品。

主演は、当時のボードビル(大衆娯楽演芸)の大スター、アル・ジョルスン。

ジョルスンの歌と前後のセリフだけがトーキーなのですが、とにもかくにもジョルスンの歌がすごい!

とくに、最後の「マイ・マミー」は感動の一言。

初めてのトーキーを見に行って、こんなのを聞かされたら、みんな、ジョルスンのファンになってしまうに違いない! 

かく言う私もその一人(もちろんビデオで見たのですが)。本当に興奮します。

私が『ジャズ・シンガー』に出会ったのは、『ジョルスン物語』(1946)・『ジョルスン再び歌う』(1949)を見たからです。この二本を見ると、『ジャズ・シンガー』がジョルスンの自伝的映画であることがよくわかります。

ところで、第一線を退いた後、ほとんど引退状態にあったジョルスンが年をとってから再び大ブレイクしたのは、この『ジョルスン物語』という映画の大ヒットの影響があったようです。

『ジョルスン物語』の主演はラリー・パークス。

彼は若き日のジョルスンを非常によく演じていますが、映画の中の歌だけは、年をとったジョルスン自身が歌っています。

その歌声が若い頃と比べて、全然衰えていないのに驚きます。

『ジョルスン物語』の中で、ジョルスンを再びスターダムに押し上げようとするプロデューサーが、「彼の歌にはハートがある」とつぶやくシーンがあるのですが、まさに「そう、そう、そうなのよー!!」という感じ。

『ジョルスン物語』も『ジョルスン再び歌う』も良い作品なので、興味のある方は『ジャズ・シンガー』とご一緒にどうぞ。

ちなみに、MGMミュージカルの代表作『巴里のアメリカ人』で流れる曲や、『ラプソディー・イン・ブルー』等でおなじみのジョージ・ガーシュウィン。

まだ若かった彼を見出したのもアル・ジョルスンだったと、ガーシュウィンの自伝的映画『アメリカ交響楽』の中ではなっています。ジョルスンも、この映画に本人役でちらっと出演しています。

そういえば、ガーシュウィンの名曲「スワニー」も、ジョルスンの持ち歌です。

ところで、『ザッツ・エンターテインメント3』によれば、映画制作者たちはトーキーに何をのせるか非常に内容に困り、ボードビルのショーを映画化したとのこと。

つまり、トーキー用に考え出された全く新しい内容というものを用意せず、ボードビルという、馴染み深い、ある意味でよく知られたもので、間に合わせたわけです。

けれども、マクルーハンが『メディア論』の中で指摘するように、古い内容であっても、新しいメディアにのせると、人々は新しい世界を経験するというのは、とても面白いことだと思います。

もう一点、内容について言えば、ジョルスンはそもそもユダヤ教のラビの家系に生まれたのですが、その職をある意味、捨て去り、ショーの世界に生きる決心をします。

ここに、アメリカのユダヤ人社会におけるジェネレーション・ギャップ(世代の断絶)を読み取ることも、可能だと思います。

(「スワニー」や「マイ・マミー」が試聴できます。こちらから飛び、飛んだページのListen to Samples の1番や7番などをクリックしてみて下さい。

また、ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」はこちらからどうぞ。飛んだページのListen to Samples のDisc2の1番です。)

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